7.初恋の人
「涼兄!朝だよ!」
「・・・あぁ分かってる、今起きるよ。」
「そう言ってもう一回寝ちゃうでしょ!おーきーてぇ〜っっ!」
ベッドで眠っている涼兄の上に制服のまま乗っかって、側にあったクッションで叩く。
さすがにこれは効いたのか、涼兄が起き上がる様子を見せたのでクッションの手を止めた。
「分かった、起きるよ。」
「うん!」
ゆっくりと身体を起こした涼兄がそっとあたしの体を抱きしめて、頬におはようのキスをしてくれた。
「・・・おはよう、。」
「おはよう、涼兄。」
ついこの間まで涼兄はあたしの『初恋の人』だった。
だって小さな頃からずっと一緒にいて、どんな時でも側にいて守ってくれた。
何かあればすぐに駆けつけてくれる優しいお兄ちゃん。
そんなお兄ちゃんに恋しない方がおかしいもん。
「今日はフレンチトーストだよ。」
「へぇーが作ったのかい?」
「・・・お母さん。」
「ははは・・・にはまだ難しいかな?」
小さい頃と同じように涼兄の大きな腕に包まれて他愛無い話をする。
病院の研修医をやってる涼兄は最近帰りが不規則であんまり一緒にいられないから、朝早めに涼兄を起こしてこうして一緒にいられる時間を作っている。
・・・本当はゆっくり休ませてあげたいって思うんだけど、それよりも涼兄と話したい。
けど、学校の授業と違って楽しい時は過ぎるのが早い。
神様がワザと時計の針を早く回してるんじゃないかって時々思っちゃう。
「・・・おっと、もうこんな時間か。」
「えー?もう?」
時計の針を見れば7時半を回っている。
涼兄はともかくあたしは朝食を食べたらちょうど家を出るのにいい時間だ。
「・・・もう少し話したかったなぁ。」
「こらこら、あんまり困らせるなよ。」
「だって・・・」
背中に涼兄を感じながら目の前にある大きな手に自分の手を重ねる。
指を絡めてぎゅっと握ると、それを包み込むように涼兄も握り返してくれる。
――― 折角涼兄と両想いになれたのに
涼兄と血の繋がりが無いって分かったのはつい最近。
それまで実のお兄ちゃん以外の男性に目が行かなかった自分はおかしいんじゃないかって思ったけど・・・おかしくなんて無かった。
あたしはずっと、ずっと前から涼兄だけが好きだったんだもん。
そんなあたしの気持ちを感じたのか、涼兄が手を繋いでいない方の手で慰めるようにあたしの頭をそっと撫でてくれた。
それが嬉しくて自然と頬を緩ませていると、後ろから肩に顎を乗せて・・・涼兄が囁くように話し始めた。
「俺だってともっとゆっくりしたいよ。」
「・・・ホント?」
「あぁ・・・だけど・・・」
「何?」
「こんな風にいつまでも安全なオニーチャンじゃいられないよ?」
「え?」
言葉の意味が分からなくて振り返ろうとした瞬間、言葉を囁かれた耳に涼兄がキスをした。
「!?」
「ほらほら、お兄ちゃん着替えるから先に食事してなさい。」
「!!!」
繋いでいた手を解かれて涼兄が先にベッドから立ち上がっても、あたしは耳を押さえたままその場を動けない。
そんなあたしの様子をクスクス笑いながら見ていた涼兄は、パジャマのボタンに手をかけながらもう一度あたしの名前を呼んだ。
「。」
「なっなに!」
「・・・男の着替えを覗くような子に育てた覚えはないぞ。」
「ごっっごめんなさい!」
バネで弾かれたように部屋を飛び出して勢いよくドアを閉めて、その場にずるずるとしゃがみ込む。
「ゆっくり食べてていいぞ。俺が病院へ行く前に学校まで送ってやるから。」
「う、うん。」
扉の前にあたしがいるのを知っているとしか思えない台詞。
そりゃそうだよね、なんたってあたしの恋人はあたしが小さな頃からずーっと一緒に生活していた人だもん。
初恋が叶わない、なんて言ったのは誰なんだろう。