8.イジワル






公園でバトミントンをしていた時、ちょっと背の高い木の枝に羽が引っかかってしまった。
背伸びをして取ろうとしても届かなかったから千秋にとって貰おうと思って振り返った・・・けど、千秋は我関せずと言った様子でこっちを見てるだけ。

「・・・千秋?」

「んー?」



・・・手、貸す気なんてサラサラ無しって感じの返事。



しょうがないから一生懸命背伸びして木の幹を揺らしてみる。
でも、羽は一向に落ちてくる気配がない。

「ねぇ千秋〜!」

「ほら、頑張れ。もー少し。」

さっきから同じ台詞を繰り返し、しまいには自販機でコーヒーを買ってベンチに座って眺めてる。

あれが彼氏のやる事か!?



『バトミントンの試合に勝ったら今日の夕飯をおごる事』



ちなみにこの羽は千秋が打ったもので、あたしがこれを返せば試合はあたしの勝ちとなる。
背伸びをしても届かなかったから、素直に千秋に取ってってお願いしたのに・・・。

「俺が取ってやったらお前の負けな。」

そんな事言われたら手を借りるわけにはいかない。
だって今日の夕食は中華街のお店を予約してあるんだから、ある程度の出費を考えなきゃいけない。
そこへ千秋から持ちかけられたこのバトミントン勝負。
中学校・高校とバトミントンをやってたあたしを甘く見るな!って思って乗った賭けだけど・・・千秋の運動神経の良さを忘れてた。

「うぅ〜っ」

一生懸命背伸びをして、更にバトミントンのラケットを目いっぱい伸ばすけど、あとちょっと届かない。
ぜぃぜぃと肩で息をしながら横目で千秋を見ると・・・ベンチに座ってのんびりこっちを眺めてる。
さすがに悔しくなってキッと千秋を睨んだけど、相手は何とも思ってないような顔をしてひらひら手を振っている。



こうなったら意地でも自力で取って延長戦に持ち込んでやる!!



ぐっと心の中で握り拳を作り、もう一度背伸びをして羽の乗っかった木の枝をつついてみる。

「・・・あ。」

僅かに動いてあと少しで落ちそうな所で・・・再び羽が引っかかった。
声にならない声を上げて地団駄を踏むと、ポンッと肩を叩かれた。

「降参するかい?お嬢さん?」

「・・・しない!」

「ったく、強情だね。」

「・・・」

ぷいっとソッポを向いて手に持っていたラケットを今度は木の枝に向かって投げようとした瞬間、急に体が持ち上げられ視界が変化した。

「???」

「ほら、これで取れるだろ。」

「千秋。」

扱いとしては子供のようだけど、わきの下に両手を差し込んでそのまま持ち上げてくれたおかげで目の前にバトミントンの羽があった。
それを手に取ると千秋がゆっくり地面に下ろしてくれた。
やっぱり口悪くても最後には面倒見てくれるのが千秋だよね。

「ありがとう。」

「これ以上見てたら日が暮れそうだったからな。それにしてもお前軽いな・・・ちゃんとメシ食ってんのか?」

「食べてるよ、ちゃんと。」

出された物は食べてるし、栄養バランスも一応偏らないように気遣ってる・・・つもり。

「・・・のワリには成長の兆しが見えないな。」

千秋の視線があたしの胸元に向いているのに気づいて、手に持っていた羽を思いっきり投げつける。

「千秋のスケベ!」

「なんだよ、男として当たり前の反応だろうが・・・って所で、の負けな。」

「え?」

突然の会話の変化についていけず首を傾げていると、千秋は落ちていたラケットの羽を拾ってニヤリと笑った。

「俺が打った羽をお前が拾って、俺に手で投げつけた。バトミントンはラケットを使ってやる競技だから手を使ったら反則だよなぁ?」

「え゛」

「どうなんだ?元バトミントン部員。」

ポンポンと頭を叩きながらあたしの口から出る言葉を待っている。
答えはひとつしかない、ひとつしかないけど・・・悔しくて言いたくない!

「今日の夕飯は誰の奢りだ?」

「・・・」

「あー腹減ったなぁ〜美味いもん食いたいなぁ〜♪」

「・・・わる。」

「あ?」

「千秋の意地悪!!」

「しょうがねぇだろ。お前の反応が可愛いのが悪い。」

予想外の言葉が返って来て思わず声をなくす。
千秋は突然予想できない事を言い出すことが多くて、そのたびにあたしは声をなくす。

「そのちっこい背も、ちっこい胸も、くだらねぇ事でマジになる性格も・・・お前だから可愛いって思えんだよ。」

「・・・千秋。」

「白黒ハッキリつける性格も、気に入ってるぜ。」

あたしの大好きな笑顔でそんな事言われたら・・・天邪鬼な心もしぼんじゃう。
千秋はそれを知っててやってるって分かるけど・・・分かっててもこの「好き」って気持ちは止められない。

「で、本日の勝者は?」

「・・・分かったよ!
奢ればいいんでしょう!

「よっしゃ!いやぁ助かった。俺今日財布忘れてさ♪」

「はぁ?」

「電車はカードがあったから何とかなったけど、さすがにメシまでは・・・」

あははははっと笑いながらバトミントンのラケットを貸してくれたその辺でくつろいでた家族に返すと、千秋は楽しそうに手を差し出した。

「ほら、行こうぜ。折角横浜まで来たんだ、美味いもん食おうな。」

「・・・あたしの財布は直江さんと違って限度があるからね。」

「アイツは例外だ。そこまでたからねぇから安心しな。」

「不安。」





いつも調子が良くて、意地悪で、人をからかってばかりの千秋。
でも子供みたいなイタズラを思いつく千秋が一番好きだから・・・困ったものだ。





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