9.こいのうた






「・・・恋の歌って、結構沢山あるんだ。」

ふと立ち寄った店に並んでいるCDを一枚手に取ると、あたしはポツリと呟いた。

「どうしたんですか、急に。」

「あ、聞こえた?」

顔をあげると隣に立っていた八戒が少し首を傾げてこっちを見ている。
これだけ騒々しい音楽が鳴り響いてる店内で、まさか聞こえるなんて思わなかったんだけど・・・やっぱり八戒には聞こえちゃうんだね。

の声が聞こえない場所なんて僕にはありませんよ。」

これ以上綺麗な笑顔はどこを探しても見つからないってくらい素敵な笑顔をくれながら、八戒はさらりと言った。



――― だって、その想いはあたしも同じだから・・・

たとえ何処にいても、どんな場所にいても八戒の声は・・・聞こえる。




「・・・凄い、ね。」

「大好きなの声ですから、当然ですよ。」

以前なら照れて八戒の言う事を否定したり、聞かなかったフリをしたりしてたんだけど、最近のあたしは八戒のどんな言葉もスルリと心に受け入れてしまう。
ポンポンと頭を撫でると、八戒は店に入った目的のCDを手にレジへと向かって行った。










こいのうた・・・あたしは最近、素敵な「うた」を毎日聞いている。



それは八戒があたしの名前を呼ぶ声。



――― 



誰が口にしても、音にしても同じはずなのに・・・八戒の口から出る言葉は全然違う。

名前を呼ばれればそれだけで一日楽しく過ごせる。
失敗したって、怒られたって、悲しくったって・・・どんな時でも、八戒があたしの名前を呼んでくれればどんな事でも乗り越えられる。
それはどんなアーティストでも音符に起こす事が出来ない・・・最高のこいのうた。










?」

ポンッと肩を叩かれて顔をあげると、ちょっと不安そうな八戒の顔があった。

「具合でも悪いんですか?」

「え?どうして?」

「ちょっとボーっとしてるみたいでしたから・・・」

「・・・具合は悪くないよ。寧ろ・・・すっごく元気!」



――― 貴方があたしの名前を呼んでくれるから



「・・・でも、この店を出たらひと休みしましょうね。」

「えー?」

折角八戒と久し振りのデートなのに、もっとあちこち行きたいよ!
頬を膨らませてちょっと睨むように八戒の顔を見ると、苦笑しながら額を指でつつかれた。

「そんなに可愛い顔してもダメです。疲れて倒れちゃう方が大変でしょう?」

「ん〜・・・」

に何かあると僕が困ります。」

まっすぐ見つめる真摯な視線。
それに乗せられるあたしの・・・名前。



――― あぁそれだけでどれだけ愛されているかが分かる



あまりに嬉しくて、思わず八戒に抱きつきそうになる気持ちを必死で堪えた。
その代わり、その想いを込めて・・・あたしも八戒に届くように「うた」を歌う。

「・・・八戒。」

「はい?」

目を見つめて、ただ名前を呼ぶ。

「八戒。」

「・・・はい。」

一瞬驚いた顔をした八戒が、徐々に表情を緩めていく。
そして差し出された手に手を重ねて、二人で店を出た。





「八戒・・・」

「はい。」

何度も名前を呼ぶうちに、八戒の頬が徐々に赤く染まり始めた。
それは外を歩いているからじゃないってあたしは分かる。
だって、あたしはずーっと八戒の名前にある想いを込めて呼んでいるから・・・。










「八戒。」

「全く・・・には負けます。」

人通りの少ない道に入った瞬間、八戒が急に腕を引いて路地裏に入っていった。
そして驚くまもなく抱きしめられる。

「そんな風に呼ばれたら・・・僕だって我慢出来ませんよ?」

耳元に囁かれる声は夏の太陽よりも暑くって・・・そのまま眩暈がして倒れそうだった。

・・・」

その声はさっきまでとはまた違う熱がこめられている。

「八戒・・・」

「・・・

囁く声は互いの唇に奪われて・・・そのままゆっくり瞳を伏せて、より深い部分でお互いの想いを受ける。





最上の「こいのうた」は・・・互いの名前を呼ぶ声だと、そう思っているのは私達だけかな。





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