13.ご褒美
「出来・・・た?」
オーブンを開けてその中に入っていた物をゆっくり取り出すと、彼女は心配そうに顔をあげて俺の方を見た。
黒い鉄板の上には綺麗に膨らんだ形の良いシュー生地が並んでいる。
「上出来だよ、ちゃん。」
俺は口にくわえていた煙草を指に持ち替えながら笑顔で頷いた。
「本当?」
零れ落ちてしまいそうなほど大きな目を更に大きくして尋ねる彼女。
俺がちゃんに嘘を言う訳がないじゃないか。
「あぁ、勿論。初めてにしては上出来さ。」
「じゃぁ、じゃぁ・・・今日の夜のデザートに皆に出しても平気かな?」
ゲッ!ナミさんやロビンちゃんだけじゃなく、他の野郎にもその可愛い手で一から作ったどんな名シェフもビックリのデザートを食わせちまうのか!?勿体ねぇ!
アイツらだったらボウルに残った残り生地でも適当に焼いて食わせとけば上等だ!
何も言わず唇をかみ締めていた俺の態度をどうとったのか、ちゃんが寂しそうな顔をしながら鉄板をテーブルの上に置いた。
「・・・やっぱりサンジさんの美味しい料理の後に、あたしの料理じゃ不味いですよね。」
「いっいやいやそんな事ないさ!あまりに素敵な思いつきで思わず声が出なかっただけだよ。」
ちゃんの料理を不味いなんて言ったやつは俺がレディの手料理を食べるマナーを体に叩き込んでやる。
「ちゃんの料理を前にしたら、俺の料理の方が霞んじまうよ。」
「そんな事ないです!サンジさんのお料理は何より美味しいです!」
焼きあがったシュー生地に、さっき作ったカスタードクリームを入れながらちゃんが力説してくれる。
それが料理人としてどれだけ嬉しい事か、分かるかい?
「あたし、サンジさんのご飯大好きです。」
――― サンジさんのご飯大好きです
・・・一瞬メシが邪魔になった。
っていうか俺の耳に届く前に、消えろメシ・・・つーのをあのクソジジイに聞かれたら殺されるな。
それでも彼女の口から聞けた言葉に満足して、一生懸命シュー生地にクリームを入れる彼女の手元に注意しながらやりかけの仕事に手をつけた。
やがて綺麗に出来上がったシュークリームは、特別綺麗な皿の上に盛り付けて・・・夕食までルフィ達につまみぐいされないよう俺がしっかり見張る事にした。
アイツらときたらこういうのは目ざといからな。
ちゃんのシュークリームは、俺が死んでも守る!
見えない闘志を燃やしている俺の背に、彼女の声がかかって慌てて笑顔で振り向いた。
「サンジさん。」
「何かな、ちゃん。」
「この余ったシュークリーム・・・ナミとロビンにあげてもいい?」
別皿に乗せられた2つのシュークリーム。
本来なら1人2つずつの計算で作ったが、途中で失敗した所為もあって1人1つとなってしまった。
余っているのは比較的まともな形をした物だ。
「あぁ、構わないよ。それなら紅茶も一緒にいかがですか、レディ?」
「ありがとう!」
まるで桃の果実みたいに僅かに頬を染めて笑う・・・可愛いね、ちゃん。
その笑顔に負けないくらい美味しい紅茶を、ナミさん達に持ってってあげてくれ。
俺は棚からとっておきの紅茶の葉を取り出すと、手早く準備を整えて冷たいアイスティーを3つ作った。
「お待たせしました。恋のアイスティーの出来上がりです。」
色鮮やかなアイスティーにミントの葉を乗せてちゃんの前に差し出す。
「ありがとうございます、サンジさん。」
その笑顔が見れるならいくらでも作ってあげるさ・・・っと、いけねぇ忘れてた。
「あ、ちょっと待った。」
「え?」
「ちゃん口開けて。」
「口?」
まるで小鳥の雛のように口を開けた彼女に、こっそり作っていた菓子をひとつとって口に入れた。
「・・・一生懸命頑張った生徒にご褒美だよ。」
「美味しい!!」
「レディのお気に召せば光栄です。」
「このお菓子なんですか?」
テーブルの上をきょろきょろ探す彼女の前に、ひと口サイズの菓子がつまった小さな籠を差し出した。
「アーモンドとメレンゲで作ったマカロンだよ。ちゃんが作ったカスタードクリームで余った卵白を使って作ったんだ。」
「凄い・・・」
「食材を無駄にしないのもコックの仕事さ。」
軽くウィンクをしてもうひとつ取ってちゃんの口の前に差し出すと、彼女は躊躇う事無く口を開けた。
もぐもぐと口を動かして、幸せそうに目を細める彼女。
その笑顔がもっと見たくて、もうひとつ手に取りかけた瞬間・・・アイスティーの氷が溶けてカランという音で我に返った。
「・・・サンジさん?」
首を傾げたちゃんの頭をポンポンと撫でて、残っていたマカロンをトレイの上に乗せてやる。
これ以上彼女を引き止めちまうと・・・離せなくなりそうだ。
「ほら、ナミさん達に届けるんじゃなかったのかい。」
灰皿に置いておいた煙草を口にくわえて、側にあったトレイを指差すとちゃんがピョンッと上に飛び上がった。
「・・・忘れてた。」
「レディ達のお茶会、楽しんでおいで。」
「うん!」
扉を開けて押さえてあげると、ちゃんが両手でトレイを持ってやってきた。
そのまま通り抜けるのを待っていると、急に彼女が立ち止まって俺の顔をじっと見つめた。
「・・・ちゃん?」
「また、お菓子作り・・・教えてくれる?」
今まで見せた事のない・・・可愛らしい甘えるしぐさ。
あまりの愛らしさにその体を抱きしめたい衝動に駆られたが、それを必死に押しとどめて彼女に笑顔を向ける。
「勿論、喜んで。」
「ありがとう、サンジさん。」
そうしていつものようにほころぶ様な笑顔を見せると、彼女は俺の横をすり抜けナミさん達がいるレディ達の部屋へと姿を消した。
静かに扉を閉めてキッチンへ足を進め、テーブルの上に残っていたマカロンをひとつ、口に入れた。
「ご褒美貰ったのは、こちらの方ですよ・・・レディ。」
ご褒美は次のスィートLesson
今度は俺の熱い想いも一緒に・・・召し上がれ?