15.誓いの言葉






「怜・・・」

傍らで眠っているまだ幼い少年の髪を撫でながら、は夜空に浮かぶ月に向かって語りだした。

「・・・あたしは貴方の可能性を、潰している。」

ひょんな事から知り合い、最初は敵だったが・・・最後には自分の意思で彼の側に行く事を決めた。
それから色々あって、今は怜と一緒に暮らしている。
怜と過ごす毎日が楽しくて、彼の仕草がその辺の男よりも落ち着いている事から時折忘れてしまいそうになる。



――― 彼がまだ、未成年だという事を



「魔石さえなければ、あたしなんかと知り合う事なんてなかったのにね。」

指の隙間から零れ落ちるほどサラサラの髪の毛。
同じシャンプーを使い始めたのはいつからだっただろう。
思わず頬が緩みそうになるけどそれを引き締めて怜の頭においていた手をゆっくり自分の方へ戻す。
普段はそんな事あんまり考えないけど・・・今日があたしの誕生日だったから、こんな事を考えちゃったのかもしれない。



――― またひとつ、彼と年が離れた



あたし以上に年の差に悩んでいるのは・・・怜の方だ。
それなのにまた・・・年が離れてしまった。

「・・・精神年齢ならあたしの方が充分下なのにね。」

苦笑しながら柔らかな布団ごと膝を引き寄せて抱え込む。



が、好きだ。

――― あたしも、怜が好き。

一緒に暮らそう。

――― 一緒に暮らしたい。

と一緒にいたい。

――― 怜と一緒にいたい。



噛み合う想いは数え切れないほどだけど、どうしても噛み合わない部分も出てくる。

自分が側にいる事で怜の未来を狭めているという事実。

あたしがいなければ怜は日本にいる必要がない。
既にアメリカの大学を出ている怜には、今でもアメリカの大学教授から国際電話で研究室へ来ないかという誘いの電話がかかってくる。
その都度メガネに隠された澄んだ瞳を曇らせながら「NO」と返事をしているのを、あたしは知っている。

「・・・ごめんね。」

それでも、あたしは・・・貴方と離れたくない。
手を伸ばせばすぐに触れられる距離にいるのに、今は何かに隔てられて触れられない。

「怜・・・」

閉じた瞼が寂しくて、自分を見てくれないのが寂しくて・・・自分でも聞こえないくらいの小さな声で名前を呼ぶと、不意に怜の目が開きこっちを向いた。

「・・・ひとりで何を悩んでるんだ。」

「さっ怜!?」

ムクリと起き上がって膝を抱えていたあたしの手にそっと手を重ねた。

「呼んだだろう?」

「・・・」

の声なら、どんなに小さな声でも聞こえる。」

出会った当初は決して見る事の出来なかった、少年のような笑顔。
その笑顔が見れるならどんな事でもしようと思った。
でも逆に、その笑顔を見るたびに年の差を痛感させられるのも事実。
堪えきれず零れた涙がポツリポツリと布団の上に小さなシミを落としていく。

「・・・。」

指でそっと涙を拭うと、怜がそっとあたしの体を抱きしめてくれる。
決して大きくはないその手で、一生懸命あたしを守ってくれる。
目の錯覚だと分かっているけど、怜の背には・・・真っ白な翼が大きく広がっていた。





目に見えない怜の翼に癒されながら、ようやく落ち着いたあたしの肩を抱いたまま二人でベッドの背に寄りかかり月を眺める。
その沈黙を破り、先に口を開いたのは・・・怜だった。

「俺はキミを不安にさせているのか?」

「え?」

「言葉で伝えても、行動で伝えても・・・まだ、足りない?」

「・・・」

あたしが何と言っていいのか困っていると、その表情から読み取ったのか怜が苦笑しながらそっとあたしの頬に手を添えた。

「そうじゃない、のか。」

「・・・うん。」

怜は小さくため息をつくとあたしの目をじっとみつめ、静かに語りだした。

「俺は今まで自分らしい時を過ごした事はなかった。この氷狩の血に抗っているつもりでも結局その戒めから逃れる事は出来なかった。けれど、丹羽とと出会って・・・俺はようやく自分らしい時を過ごしていると感じられるようになった。」

今まで語られた事のない怜の思い。

「本当ならすぐにでもアメリカの研究室に入ってしまえば、が後ろめたさを感じる事もないって分かってる。」

「後ろめたさなんて・・・」

「アメリカは実力主義だからな。年齢に関しては誰も何も言わない。」

「怜・・・」

「でも俺は失った時間を今、この日本で取り戻している気がする。丹羽達と過ごす事で、今まで気づく事の出来なかった物、失ってきた物を取り戻して来ている気がする。」

「・・・うん。」

昔と違って今の怜は大助達と一緒にいる時、一線置いたりはしない。
寧ろ自らその線を越えて、一緒に過ごそうという努力すら見える。

「だから・・・もう少し自分に自信がもてるまで待っていて欲しい。」

「・・・ん」

怜の想いが伝わる度に、さっきまであたしの中にあったしがらみが次々に剥がれ落ちていく。
誕生日、という言葉に惑わされて揺れていた心が、柔らかな何かに包まれて元の場所へ戻された。
後に残るのは・・・大好きな怜への想いだけ。

「・・・泣き虫だな。」

微笑みながら怜が指の腹で受け止めたのは・・・涙。

「怜が・・・泣かせてるのよ。」

「・・・そうだな。」

「・・・責任、取りなさいよね。」

泣いてるくせに強がりを言うあたしを見て、怜は一瞬驚いた顔をしたけれどすぐにいつもの大人びた表情になると、そっと顔を近づけた。

「本当には、俺の扱いが上手い。」

「・・・ばか。」



唇が重ねられる瞬間、怜の口から初めて出た言葉。



――― 愛してる



胸に沁みこむような怜の声に包まれながら、ゆっくりと瞳を閉じる。





誓いの言葉は、今、胸に刻まれた。





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