05.頬にキス
「はうぅ〜・・・」
「夏風邪って確か馬鹿がひくんだったよな。」
氷水で濡らしたタオルを絞っての頭に置きながら、そんな事を呟いた。
「しかもその原因が雨に打たれてそのままうたた寝したからって・・・漫画みたいな事してんじゃねぇよ。」
そう言っていつもならデコピンしてやる所だが、今日はタオルにその場を譲ってやる事にした。
熱が高い所為で呼吸も荒いし、時折咳き込んでもいる。さすがに冗談を言える雰囲気ではなさそうだ。
やれやれとため息をつくと汗で額に張り付いた前髪をそっと撫でてやる。
「」
「な・・・に・・・?」
「何か食えそうなもんあるか?」
「・・・プリン。」
・・・お前は美弥か?
思わず家に居るはずの妹の美弥の姿が浮んで消えた。
全く・・・この世に手のかからない女ってのはいないのか?
けれど手のかからないからかい甲斐のない女より、よっぽどの方がいい。
「分かった。そのかわり少しでいいからメシも食っとけ。」
「ん。」
ったく、妙に素直で調子が狂う。
がしがしと頭をかきつつ、まぁそんなコイツもたまにはいいかなんて思いながら、熱の所為で赤くなっている頬を撫でてやる。
「何かして欲しい事とかあるか?一個ぐらいなら叶えてやるぜ?」
・・・って、甘やかすような事を言った俺が馬鹿だった。
「・・・ス。」
「は?」
「キス・・・頂戴・・・」
強請るように布団から両手を出すと、俺の方へ差し出してくる。
分かってんのかお前!?今、熱測ったら39度もあったんだぞ!?
そんな状態の人間にいくらなんでも・・・
けれど焦る俺を無視して、は咳をしながらも一生懸命熱い視線を送ってくる。
「・・・寂しいの・・・高耶・・・」
――― ちょっと待てっ!!
心臓が一気に高鳴り、俺まで顔が熱くなってきた。
ヤバイ・・・この状況は絶対まずい!!
俺だって一応男だし、こんな時にそんな事考えるなんてマズイって分かってる。
だいたい普段色気のカケラもないくせに、ナンだって病気の時に限ってこんなに色っぽいんだコイツ!!
「・・・高・・・耶・・・」
微かに呼ばれる名前は熱の所為か、やけに熱い。
落ち着け・・・今のコイツは病人で、思考回路は美弥以下だ!
「ねぇ・・・」
あーったく!俺にどうしろって言うんだ!
頭をブンブンと横に振りながら、文句を言おうとに向き直った瞬間・・・潤んだ瞳に囚われた。
「・・・ダメ?」
その声を聞いた瞬間、俺の中で何かが一瞬にして弾け飛んだ。
「いや・・・ダメじゃない。」
そう呟くとの手を掴み、その手の甲にキスをする。
眠っていたからか、それとも熱の所為か分からないが普段は冷たいはずの手が熱い。
「目、瞑れよ・・・」
まるで子供みたいに素直にいう事を聞くの頬に手を置くと、嬉しそうに微笑んだ。
――― そして俺は、そんな彼女の・・・頬に、キスをした。
微かな音を立てて唇を離すと、頬に乗せた手をそのままの目元に当て影を作る。
「コンビニまで買い物行って来る。メシ食って、プリン食って・・・寝ちまえ。」
「ん・・・」
「じゃ、行って来る。」
もう一度、今度は逆の頬に唇を落とすと上着も持たずに家を飛び出した。
「あぁ〜〜〜っ!!ちっくしょぉ!!!」
冷たい夜風吹きすさぶ中、絶叫しながら歩いて5分のコンビニへ全力疾走する俺の顔が赤いのに気付いたのは、明るい店内で鏡を見た時だった。
――― それはまるで、アイツの熱がそのまま移ったかのような・・・赤さ