08.密室でキス






「・・・ったく、しつこい!」

バタバタと構内を走り、微かに開いた扉の向こうに見知った姿を見つけて慌ててそこへ飛び込む。

「おいっ!」

「え?」

驚くの手を掴んだまま部屋の隅に置いてある小さなロッカーに引きずり込み、強引に扉を閉める。前にを抱え、その口を片手で塞ぎながら微かに光が差し込む隙間から外の様子を伺う。
予想通り、俺の後を追いかけてきた女が部屋に入ってきた。

「・・・お〜凄ぇ剣幕。」

「ん〜っっ!」

「あーもう少し黙っててな。」

ポンポンと宥めるようにの頭を叩いて、隙間から引き続き外の様子を伺う。
暫く部屋を見回し、俺の名前を甲高い声で叫んでいた女は・・・物音しない部屋に愛想をつかしたのか5分もしないうちに外へ出て行った。

「オッケーだな、サンキュ。」

ようやく解放してやると、がゲホゲホとむせながら肩越しに俺の方へ顔をあげた。

「また何かやったの?」

「俺  何もやってない。」

「・・・」

「本当だって。」

疑い深いを納得させるよう、笑みを浮かべて両手をの腰に回し抱き寄せる。
するとが犬のように俺のシャツに鼻を押し付け、ポソリと呟いた。

「・・・こんな香水、あたし持ってない。」

「あ〜・・・」

「綾子も、こんなのつけてない。」



――― バレた





ロッカーの中という密着度の高い窮屈な密室は、あっという間に尋問部屋と化してしまった。
自業自得とはいえ、ちょっと情けねぇな。

「だーから、突然告られて飛びつかれただけだって!」

「・・・本当?」

「何?お前俺の事信じらんねぇの?」

「女関係に関しては。」

これまたキッパリ言い切ってくれるわ。
まぁ今までが今までだったからしょうがないって言えばしょうがない。
頬を膨らませて機嫌悪そうにそっぽを向いているを宥めるべく片手を腰に残し、もう片方の手をの顎にかけた。

「・・・俺の愛を疑うなよ。」

「ちょっ・・・千秋!?」

まさかこんな狭い所で何かするとは思っていなかったのか、の表情が強張り身じろぎ始めた。
けれど、既に動きは抑えられていて逃げる事はおろか体を捻る事すらも出来ない。

「残念、ちょっと遅かったな。」

「ちっ、千秋っ!」

「・・・黙ってろ。」

まだ何か言おうとしたの唇を後ろから無理矢理奪う。
窮屈なロッカーの中、隙間から入る僅かな光だけがお互いの姿をぼんやり映している。
けど、慣れ親しんだ手はこの暗闇でもの姿がくっきり見える。





ちゅっ と音を立てて唇を離せば、脱力したが俺に寄り掛かるよう体重をかけてきた。

「・・・何にもなかったって信じるか?」

「うぅ〜・・・」

「あ、そ。信じないならもう少し信じて貰うまで続けるしかないよなぁ〜♪」

ワザと明るい口調で言いながら顎にかけていた指での後ろ髪をサイドに払うと、抱きしめていた体に緊張が走った。

「しっ、信じる!信じるから離して!!」

「だったら最初っからそう言えっての。」

手を離した瞬間勢い良くロッカーの戸を開け、そのまま部屋を飛び出していったの姿をニヤニヤ笑いながら見送る。

「ありゃまだまだ調教が必要だな。」










けれど本当に調教されているのは、自分の方だという事に気付くのはまだまだ先の事だった。





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