35.笑って











「ヒ〜マだぁ〜・・・」

午前中に八戒に指示された場所へ書類を届けに行き、めっずらしく八戒がメシを奢ってやるからここで待てと言われて・・・30分。
目の前のハト達は美味そうにポップコーン食ってやがるのに、オレは未だにメシにありつけていない。

「ってかこいつ等に食わせずにオレが食えばいイイんでない?ポップコーン。」

・・・今更気付いても袋の中身は細かいカスが残ってるだけで、目の前のハトは首を振りながらそのカスすら狙ってやがる。
以前のオレならこんな事、絶対しねェんだケドな。

「・・・やるよ。」

袋を逆さまに振って全てをハトに与えると空になった袋を丸めてゴミ箱へ向けて放り投げる。
ポケットに入れていた携帯電話は相変わらずなんの変化も無く、取り出して眺めても・・・いつもと同じ、可愛い彼女が笑っているだけだった。

「鳴れよ・・・おい。」

携帯の画面を指でつついた所でコレがなんかなる訳じゃねェけど・・・一人でこうしてあの場所にいられるようになったのは、進歩だろうな。





煙草を取り出し口にくわえて火をつけ、煙を空へ流す。
彼女と別れて・・・いや、会わなくなってから一年。
八戒にボロ雑巾呼ばわりされ、彼女と行った場所へ行く事を躊躇っていた一年前。
それが今じゃ待ち合わせ場所として使用し、尚且つこうしてハトに餌を与えて人を待つという事も出来るようになった。



――― この一年でオレはだいぶ変わったと思う。



不規則正しい生活から規則正しい人間的生活へ、0に近づく方がラクだった貯金も今や6桁の大台に軽々乗っている。
八戒に言われた仕事も大抵こなせるようになり、オレにもお得意様ってヤツが出来た・・・それはオレの人柄を買ってくれているんだと、一度だけ八戒が言ってくれた事があった。

「・・・ならさ、もういいか?」

誰に言うでもない、けれど口に出して自分の意思を確認したい。



――― 今のオレなら、彼女に会っても・・・・



体ひとつしか自信が無かったあの頃とは違う。
今ならあの時言えなかった言葉が、言える。

「あ゛ーでも絶対アイツとくっついてんだろうな!!」










オレがとった仕事の電話でどうしても分からない事があって、コーヒーを入れに行ったアイツを階下へ呼びに行った時に・・・花喃さんの話を。

「えぇ、今はほとんど毎日一緒にいるわ。」

「少しは落ち着いたんですか?」

「・・・三蔵さんが随分気にかけているから。でももう大丈夫だと思うわ。」

「それじゃぁ花喃の心配の種も少し減りましたね。」

「ふふ・・・でもまだ手はかかりそうよ?」

「あの二人ですからね。」










彼女が今誰と付き合っていようと、三蔵と付き合っていたとしても・・・オレはこの気持ちを彼女に伝えなきゃならない。
そうしなきゃオレはまた前のダメなオレに戻っちまう。

キチンと終わらせなきゃ進めない想いもあるのだと、初めて知った。



「にしてもアイツ何してんだ!?もうすぐ1時間だぞ!?」

何度携帯に電話をしても留守電に繋がるし、メールを送っても返信のひとつも無い。
今日は日曜だからいつもなら花喃さんが出てくれるはずの自宅の電話にも誰も出ない!

「・・・つーか何でヤロウ相手に一時間も公園にいるんだ?」

とっととどっかの店に入ってヒマ潰せばいいじゃねェか。
そんな当たり前の暇の潰し方を忘れるほど、のんびりしてるって事か?
今更そんな事に気付く自分の間抜け加減に度肝を抜かれ、呆然としていると目の前に携帯電話が地面を滑ってオレの足元にやって来た。



・・・最近の携帯は勝手に動くように出来てるのか?



ンなバカな事あるか、と自分に突っ込みながら携帯電話を拾い上げた。
開いたままになっていた携帯電話の待ち受け画面に目をやると・・・オレが毎日見ているものと同じだと気付いた。

まさかと思って慌てて周囲を見渡すと、すぐ側で男に絡まれている・・・彼女を見つけた。

「離して下さい!」

「いいから来いよ!」

「警察呼びますよ!」

「携帯もねぇのにどうやって?」

「・・・あ、もしもし?○○警察署ですか?今公園で男が無理矢理女性をホテルに連れ込もうとしてるんですけど・・・」

「あ!?」

「・・・ってカンジで連絡、してやろうか?」

パチンと音を立てて携帯電話を閉じて、彼女の腕を掴んでいる男をじっと睨む。

「なっなんだてめぇ!」

「落し物係。」

「あぁ?」

「オレの足元に携帯電話が助けを求めに来たんだよ。」

「何馬鹿な事言って・・・」

馬鹿なコトしてるのが誰だって?

睨むと同時に声をいつもより低めに落とす。
てめェは今、オレの目の前で一番手を出しちゃいけねェオンナに手ェ出してんだ・・・早くその汚い手を、離せ。
視線をそらさず彼女の手を掴んでいる男の手首を掴み、軽く力を入れる。

「・・・ぎゃぁっっ!」

鈍い音がして男が冷や汗を流し始めた。

「あ、ワリィ。手首はずれたな。」

まるで割り箸を割ったように何気ないフリをして相手に告げると、ソイツは一気に顔色を変え後ずさり始めた。



・・・効くだろ、ソレ。

手の痛みも十分だけどな、一番効くのはこの後の台詞なんだよ。



オレは誰かサンを真似るかのようにニッコリ笑うと笑顔で遠くを指差した。

「二度と現れんな。」

「ひっ・・・ひぃ〜〜〜〜っ!」



――― 八戒直伝のワザは最強だな



そんな事思いながら慌てて走っていく男の背中を見送っていると、自分の背中をじっと見つめている視線に気付いた。
気付かれないよう小さく呼吸を繰り返し、何とか気分を落ち着かせてから振り返る。





そこにいたのは・・・彼女だった。



「・・・大丈夫か?」

「は、はい。」

一年ぶりに聞いた彼女の声は、初めて話をした時と変わらない。
オレといた時には一度も見た事のないジーンズにTシャツといったラフな格好だけど、それが彼女の清潔さを更に惹き立たせているから不思議だ。
普通なら・・・そうは思えないんだけどな。
あまりの嬉しさにじぃーっと彼女を見つめていたら、急に視線をそらされた。

・・・当たり前、だよな。
前の男が突然目の前に現れて自分を凝視してたら・・・誰だって視線そらすって。
さてどうやってこの場を立ち去ろうかと思案していたオレの前で急に彼女が頭を下げた。



「あ、あの、ありがとうございました。」

「あ・・・いや、どう致しまして。」

「また助けられちゃいましたね。」

顔を上げて照れたように笑う彼女は、あの時のまま・・・いやあの頃よりも綺麗になっていた。

「・・・気をつけろよ。この辺、あーいうヤツラが多いから・・・」

「・・・はい。」

ふと彼女の携帯電話の着信を知らせるランプがついているのに気付いてそれを指差す。

「鳴ってるぜ。」

「え?あ・・・」

彼女の前からどうやって立ち去ろうかとタイミングを計っていたオレを動かしてくれたのは一本の電話。
誰だか知んねぇケド、ナイスタイミング。

「じゃぁオレ仕事だから行くわ。」

仕事は午前中に終わったけど、誰かと待ち合わせしてる彼女の前にいるのは良くねェだろ。
八戒のヤツから連絡が来るまでその辺の店でヒマ潰せばいいさ。



それでも一目会えて、こうして話せただけでも十分だ。

――― 今度はちゃんとオレの方からキミに会いに行くから・・・想いを伝えに行くから。



あの日と同じ場所だけど今度は逆・・・いや、初めて彼女を見た時と同じ、か。
彼女に背を向けてひらひらと手を振りながら駅に向かって歩き出そうとしたオレは、服の裾を思い切り掴まれて思わず足を止めた。

「・・・あ?」

「待って・・・悟浄!」



・・・今、ナンて言った?



周囲の雑音で聞き取りにくかったが、今確かに彼女はオレの名前を・・・呼んだ。
ゆっくり、ゆっくり振り向くとオレの服を掴んでいる彼女の手が震えていた。

何でそんなに震えてんだよ。

電話・・・鳴ってんじゃねェか・・・出ろよ。

「待って・・・下さい。

今度はキチンと耳に届いた声、それは泣き出す寸前のような掠れた声。
一体何が彼女にこんな声を出させているのか・・・分からない。

「あたし・・・
あ、あたしは・・・

何度も何度も呼吸を繋ぎながら一生懸命何かを語ろうとしている。
こんな必死な顔をしたチャンを・・・オレは見た事がない。
かすかな期待と不安を抱きながら、オレは馬鹿みたいに彼女の口から紡ぎだされる言葉を待っていた。





「あたしは悟浄が・・・好きです。」



・・・あぁ、カミサマ。



「あの日からずっと・・・ずっと・・・今でも悟浄の事が、好きなんです。」



手を、伸ばしてもいいのか。



「ちゃんとした・・・ステキな女性になるまで言わないって決めてたのに・・・」



今のオレは、彼女の隣に立っても・・・恥ずかしくない男になってるか?



「悟浄の姿を・・・見たら、堪えられなく・・・て・・・」



彼女の涙を、拭う権利は・・・ある・・・か?



「どうしても、今・・・伝えたくて・・・」



・・・あぁっもうどうでもいい!
何かあるンなら全部オレにぶつけて来い!!
それら全部乗り越えてでも、オレは彼女を取る!!






胸にこみ上げて来る熱いもの。
それは初めて彼女の涙を見た時に感じた物と全く同じで・・・
ただひとつ違うのは、あの時と今のオレでは・・・想いの深さが違うというコト。





好きだ。

「・・・え?」

「オレも、が好きだ。」

「・・・」

大きく見開かれた瞳から零れる涙。
でも彼女はそんな事気付かないかのように目を見開いたままオレをじっと見ている。
その瞳に映っているのは、同じように目を潤ませたバカな男のツラ。

「好きだ。」

「・・・」

が・・・好きだ。」

「ごじょ・・・う・・・」


互いが互いを思いやって
勝手に勘違いして、空回りして・・・
行き着く先がこんなオチなら、恋に振り回されるこんな想いを味わうのもいいカモな。

ケド、そんな想いはもういらねェ。
彼女との恋が、オレの最後の恋だから。





「ゴメンな・・・バカヤロウで。」

「・・・」

声が出ない彼女の頭を撫でながら、自分でも分かる緩んでいる頬を空いている方の手でひっぱる。



――― あー、夢じゃねぇ



泣いてるオレらを周りのヤツラが物珍しげに見てる。










ドーゾ、いくらでも見てくださいv
恋に空回って、本当の愛を手に入れた二人が見たけりゃな♪





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