「あっ、皆ここにいたんだ。」
やけに片付いた部屋の中に3つの影。
「こんにちは、」
「うーっす…」
「あっじゃん!」
何時もの様に本棚の隙間に埋まった形で本を片手に座っている天ちゃん。
どう見ても片付けの為にやってきて、ようやく一息ついて煙草をふかしている捲兄。
そしてその巻添えを食ったであろう悟空の3人が天ちゃんの部屋にいた。
「お邪魔…かな?」
扉を開けてその中に入るのを躊躇う私の手を天ちゃんが掴んだ。
「どうぞ、丁度コーヒーが入った所ですよ。」
「…俺がやったんだろうが。」
「私やるよ!捲兄座ってて。」
かって知ったるなんとやら…荒れ果てた台所の中で必死にその居場所を主張しているコーヒーメーカーに近付き、そして宝捜しの様に積まれた流し台…と思われし所から各自のカップを探し出す。
なんとか全員分のカップを探し出しコーヒーとジュースを注ぎ皆の元へ戻った。
「はいどうぞ。悟空はジュースで良いよね?」
「うん!ありがとな!」
悟空は満面の笑みでそのカップを受け取り、飲みながらア○パ○マンの本を熱心に読んでいる。たまにヨダレをぬぐう音が聞こえるのが怖い。
「はい、捲兄」
「サンキュ。」
机に腰掛けていた捲兄は長い手を伸ばし私からカップを受け取った。
最後に本棚の隙間から動こうとしない天ちゃんの側に行き、カップを目の前に差し出す。
「天ちゃん置くとこぼれちゃうから…」
「ありがとうございます。」
珍しく本から目を離しすぐに受け取ってくれた。何時もならどんなに叫ぼうが喚こうが本を読んでいる時は反応しないのに…。
驚きはそれだけではなかった。
「…の煎れたコーヒーも暫らく飲めなくなりますね。」
驚いた顔で天ちゃんを見ると苦笑しながら私の顔を見つめていた。そして何時もと同じように私の心を見透かしその質問に答えた。
「元帥の名は伊達じゃありません…明日出発ですよね?」
「「明日!?」」
重なったのは捲兄と悟空の声。
声の後、悟空が読んでいた本を放り出して私の隣へやってきた。
「悟空…読んでたんじゃないの?」
「オレ聞いてねーよ!」
悟空が私の服の袖を掴んで引っ張る。私を見つめる金色の瞳が涙で潤んでいた。
悟空にそんな顔させたくなかったから…だから最後まで、ギリギリまで言わなかった…言えなかった。
「ごめんね。でも歌姫としてどうしても…行かなきゃいけないんだ。」
「もう…戻らないのか?」
心配げに見つめる瞳から今にも涙が溢れそうで、そんな悟空を見ていたら自分も泣いてしまいそうな気がしてそれを隠すかのように悟空を抱きしめた。
(1年…だけ…)
声が出なかった。1年だけだと…たった1年ここを離れるだけだと悟空に伝え、安心させてあげたかったのに…その一言を言うと絶対に堪えていた涙が零れてしまう。
それを察してくれたのか天ちゃんが悟空に声をかけた。
「1年だけですよ。最高位の歌姫として他の方々へのお披露目があるんです。それが終わればすぐに帰ってきますよ…ね?。」
天ちゃんの言葉に私はただただ首を縦に振るだけだった。悟空を抱きしめる腕に力がこもる。
ここを出るのが怖かった…見知らぬ土地へ向かい他の神々の前で歌う事が少し怖かった。
でも一番の理由は皆と会えなくなる事が堪らなく寂しい…という事だった。
「泣くなよ!」
悟空がぎゅっと両手で抱きしめてくれた。小さい両手で一生懸命包みこんでくれた。
「オレてがみ書く!天ちゃんに教わって書く!ぜーったい書くから…だから…」
耐え切れなくなった悟空の涙が私の手に落ちた。
「だから…返事くれよな!」
「悟空…」
「オレも出すわ。」
頭の上から捲兄の声がする。頭に置かれた手が優しく撫でてくれる。落ちこんだ時に捲兄は何時もそうやってくれた。
「…捲…兄が?」
「お前が何処にいても送ってやる。だから泣くな。」
「その勢いで書類も書き上げてもらいたいモノですね。」
背中を軽く叩く手は…天ちゃん。抱いていた悟空から離れ後ろを向くと、待っていたかのように白衣が私の体を包んでくれた。
「僕も書きます…一番の重要書類として仕上げて…確実にの元へ届けてもらいます。だから…いってらっしゃい。」
「…天蓬お前って…」
「なんです?」
「いや…別に…。」
その時の天ちゃんの声には有無を言わせない迫力があったって、あとで捲兄がこっそり教えてくれた。
皆に別れを告げ、明日の準備もあるので先に部屋に戻った。
部屋に入ろうとした時、背後から声をかけられた。
「おい…ちょっと来い。」
「なーにー?明日の準備あるんだけど。」
泣き腫らした目を見られたくなくてさっさと部屋の中に逃げ込もうした。
「いいから来い!」
そう言うと金蝉はとっとと自室に入って行った。
声の感じから苛立ちを感じ取り、すぐ行かなければ余計なお小言を貰う気がして慌てて金蝉の部屋へ向かった。
「金蝉…入るよ。」
何もない部屋。
金蝉は窓辺で外を見ていた。視線は外を向いたままこちらを見ようとはしない。
「…何?」
「…明日だな。」
視線を外へ向けたまま声だけが返ってくる。
「…嬉しいでしょ?うるさいのが居なくなって…」
「あぁ、隣が静かだと仕事がはかどる。」
何だか腹が立ってきた。
激励の言葉を述べてくれとは言わないけど、そんな言葉金蝉から欲しくもないけど…最後の最後にそれはないんじゃない?
悔しくて寂しくて唇を噛み締め踵を返す。
「…用事ないなら部屋に戻るね。」
「…おい待て。」
引きつった笑顔で振りかえった私の目に信じられないものが映った。
「…しっかりな」
ずっと憧れていた…ずっと欲しかった金蝉の…笑顔。
悟空に向けられるものとも違う…私にだけ向けられた…笑顔。
「終わったら…帰って来い。部屋は空けておく…それだけだ。」
もう何時もの仏頂面に戻っていた。
さっきの笑顔は夢じゃないかと思うくらいに…それでも私の心にはずっと手にいれたかった大好きな金蝉の笑顔が…残った。
出発して1ヶ月。
各地を顔見せの為転々と動いている私の元に、定期的に天ちゃんからの手紙が届いた。
その手紙は本当に重要書類として扱われていた。
内容は報告書の様ではあったが、捲兄の失敗や悟空の成長ぶりが書いてある部分は天蓬元帥ではなく天ちゃんが書いてるんだなぁと思った。
時に先回りするかのように捲兄の手紙があり、必ず女性から手渡されるのが捲兄の交友関係(!?)の広さを示していた。
手紙と言うよりはメモ書きと思われる物が数枚入っていて、なかなか面白い。
たまに送られてくる金蝉からの手紙はほとんどが連絡事項だったが、必ず最後に激励…いや、脅しの台詞が書いてある。
本当にあの部屋を空けておいてくれるのか疑問だ。
天ちゃんの手紙の中にたまに悟空の手紙が同封されてくるのだが…天ちゃんが添削してくれてるおかげで読む事が出来る。
ありがたいなぁ。
ある日を境に手紙が来なくなった。
天ちゃんの手紙はどんなに遠くても、どんな僻地でも少なくとも必ず1週間に1通は来ていた。
それが2週間届いていない。
妙な胸騒ぎを感じ宴の合間を抜け出し、何時も手紙を運ぶ者を問い詰めた。
そこで耳にした言葉に弾かれる様…私は菩薩ちゃんの元へ行く様手紙を運んできた男に命令した。
「菩薩ちゃん!」
「…?」
菩薩ちゃんが目を大きく開けて私を見ている。
顔見せにでて2ヶ月で帰ってきた上に、服は擦り切れてボロボロ。
片手にはぐったりした男の襟首を掴んだままだ。
菩薩ちゃんの横で慌てている二郎神さんに目もくれず菩薩ちゃんの机に勢いよく両手をついた。
「金蝉は!金蝉は何処!どうしたの?何があったの!教えてよ!!」
最後の方の声はほとんど悲鳴に近かった。止めど無く流れる涙を菩薩ちゃんが指で拭ってくれた。
そして二郎神さんが静かに席を外す。何時も不適な笑みを浮かべていた菩薩ちゃんが…眉を寄せその重い口を開いた。
「…アイツは…死んだ。天蓬も捲簾も…3人とも…」
今まで誰が言っても届かなかった真実が…耳に届いてしまった。
重い体を支えられなくなった膝がガクリと折れる。
(金蝉が?…捲兄が?…天…蓬…も?)
そこに一縷の光が差し込んだ。
「悟空は!悟空は生きてるのね!何処に居るの?」
しかしその願いは儚く消えてしまった。
「アイツは金蝉達の記憶を封印され…地上の花果山に封印された。ナタクは…」
菩薩ちゃんの視線が微かにカーテンの向こうに動いたのを目にした私は重い体を奮い立たせ、勢い良くそのカーテンを開けた。
そこにはナタクが居たのだが…。
「ナタクは心を閉じ…?…おい!!」
菩薩ちゃんの呼ぶ声が次第に遠くなっていった。
「あれ?」
岩牢の隙間から入ってきた小さな白い花。
道ゆく人が手渡してくれない限り、花がここに届く事はない。
暫らく待っても人はやってこなかった。
寝っ転がりながらその花をくるくる回してみる。
何かどっかで見た事がある気がする。
「キレーだなぁ。」
何か懐かしい気がする。
それにこの花、太陽みたいにすっげーあったかい。
急に頭の中に女の人が出てきた。
「オレ…これ…知ってる…?」
昔…何処かでコレを見た。そこに…誰かいて…ナンカ作った?
「…あれ?」
胸が苦しくて目から水が止まらない。
オレ…なんで泣いてるんだ?
わからないけど…悲しみが胸に溢れてる。
涙で溢れる瞳の裏で綺麗な女の人が笑ってた。
「出来るよ!私が教えてあげるから…」
ヒロインが皆の元を離れてすぐにすべてが終わってしまい、暫くは思い出に浸るんだけど最後は・・・。
その時、地上にいる悟空の所へ一輪の花が舞い降りてくる。この花は悟空が花冠を作るときに使った花です。(シロツメクサ?)
その花は華の歌姫でもあるヒロインが死んでしまったことを告げるもので・・・記憶が封印された悟空は何だかわからないけど
ヒロインに対しての強い想いはあるからそれが悟空の涙を呼んでいる・・・と言う感じです。雰囲気伝わればいいなぁ・・・。
この話はGファンタジー2月号(古いなぁ)を読んで走り出してしまったニセ外伝話です。
しかも思いついたのはお風呂に入っている時(笑)お風呂をあがってすぐに書いた話です。
書き上げてみてこんなに悲しい結末になってしまうとは自分でも思わなくって・・・それでも自分的には気に入っています。
(こんな切ない話・・・滅多に書けないから!)
単行本1巻でしか外伝を知らない私が、なぜ書き上げたのか・・・不思議な作品です。