「・・・こう?」
「えぇ上手ですよ・・・そのままゆっくり巻いてください。」
「う、うん・・・」
慎重に慎重に事を進めている時、盛大な物音が玄関から聞こえ僅かに手元が歪んだ。
「あ――――――っ!!」
「・・・歪んじゃいましたね。」
「あううっ・・・」
あたしの手元には途中まで綺麗に巻かれていたロールケーキがある。
八戒に教えられて初めて作ったロールケーキが焼きあがり、その中にイチゴをいれクリームを塗ってあとは巻くだけだったのに・・・。
「大丈夫ですよ、上からデコレーションすれば分かりませんから。」
「本当?」
「えぇ大丈夫ですから最後まで頑張りましょう。」
ポンポンと八戒が慰めるように肩を叩いてくれたので、歪んで半分切れてしまった部分を気にせず再びゆっくり板状のスポンジケーキを巻いていった。
巻き終えた最後の部分を下にしてお皿の上に移動させ、八戒がデコレーション用の生クリームをあわ立てている間に一言さっきの騒動の主に文句を言おうと台所を出た。
「・・・あれ?」
するとテーブルの上に紙袋があるだけでそれを運んできたと思われる当人がいない。
さては・・・怒られると思って部屋に逃げたな!
あたしはその足で悟浄の部屋へ勢い良く歩いていくと通路を歩いてきた何かに思い切りぶつかった。
「っ!」
「おいおい大丈夫か?」
ここの廊下であたしは何度悟浄にぶつかればいいんだろう。
悔しい気持ちがこみ上げてきて思い切り怒鳴ってやろうと思って顔を上げたら口からは別の言葉が出てきた。
「うきゃぁーーーーっ!!」
「どうしました、!」
慌てて台所からボウルを手に持ったまま出てきた八戒の後ろに隠れる。
だから、どうして・・・どうしてそんな格好でいるの悟浄!!
「この場合悪いのって・・・オレか?」
「・・・でしょうね。」
「だーってよ、急に雨が降り出したんだゼ?荷物が濡れないよう抱えて帰って来たのに出迎えも無しで・・・」
「はいはい分かりましたから早く上着を着てください。そのままじゃいつまでもが僕の背中から出て来れませんからね。」
八戒の背中に必死でくっついてるあたしの後頭部に八戒の視線があたっているのが分かる。
だってだって・・・首からタオルかけただけで、髪から水を滴らせた悟浄に体当たりしちゃったんだもん!
そりゃ裸なのは上半身だけで、そんな姿見た事無いって訳でもないけど・・・慣れないものは慣れないんだもん!!
「落ち着きましたか?」
「・・・はい。」
椅子に座って八戒が入れてくれた紅茶を飲みながら一息ついた。
「まだちょっと耳、赤いですね。」
クスクス笑いながら頭を撫でてくれる八戒が、あたしの前にさっき作ったばかりのロールケーキと泡立てた生クリームを持って来てくれた。
「さ、もう少しですから頑張りましょう。」
「うん!」
「まず最初に両端を斜めに少しだけ切りましょうか。」
「ほぇ?」
笑顔でナイフを渡されて首を傾げる。
折角作ったのに・・・切っちゃうの?
「両端を切って、飾りに使うんですよ。」
そう言うと八戒が見本と言って片方だけ切ってそれをロールケーキの上に乗せた。
「ほら、こうすると巻いていた面が上に出るから丸太らしく見えるでしょう?」
「あぁ〜なるほど!」
確かに斜めに切って上に乗せられた部分は木の枝が切られてその断面である年輪が出ているように見える。
さすが八戒・・・芸が細かいなぁ。
「さ、もう片方もやってみましょう。」
「うん!」
八戒がやったように切ったつもりだけど・・・微妙に崩れた。
それでも一生懸命形を整えてロールケーキの上に乗せる。
「あとは生クリームで飾るだけですね。ここからはにお任せしても大丈夫ですか?」
「うん!大丈夫!」
ここまで八戒に手伝った貰ったんだもん・・・最後の仕上げくらいは一人で頑張りたい。
そう思いながら差し出された生クリームのボールを笑顔で受け取った。
「それじゃぁお任せして僕は食事の仕上げをしますね。」
「おーい・・・何か手伝う事あるか?」
声の主に一瞬ドキリとしながら顔を上げると、今度はキチンとシャツを着てその上に厚手のシャツを羽織っていた。
「おーっ何かそれらしいモン出来てんじゃん♪」
ひょいっとあたしの前にあったケーキを覗き込んで楽しそうに笑う。
ついさっきまでこの人に思いっきり動揺させられてたのに、今は子供みたいにはしゃぐ姿が・・・可愛く見えるから不思議だよなぁ。
「・・・おーい、チャン?」
「ほぇ・・・はっはい!?」
目の前で手を振りながら苦笑している悟浄が視界に入って慌てて顔を上げると、振られていた手が机を指差した。
「落ちてる。」
「え?」
気付けば手に持っていたスプーンから零れた生クリームが机を汚していた。
うわぁっ折角のデコレーションの材料が勿体無い!!
「あーっやだ、どうしよう。」
「・・・って、指で掬ってどーすんの。」
「あ、そっか。」
つい慌てて指で生クリーム拭いちゃったよ。自分でも馬鹿な事やったなと思いながら手についた生クリームを落とす為ティッシュを取ろうと立ち上がった手を不意に掴まれて、そこに生暖かい物が触れた。
恐る恐るその感触のする方へ振り向くと・・・信じられない光景が目に入った。
「・・・甘。」
「・・・っっ!?」
ってなに人の手・・・じゃなくて、指舐めてんのっ悟浄!?
心の中で叫んでいても声には出せなくて、口をパクパクさせてたら・・・背後から冷たい空気とともにタオルが一枚差し出された。
台所にいるのはあたしと悟浄と・・・あと一人。
こんな空気を作れる人をあたしは一人しか知らない。
「、タオルです。キチンと消毒してくださいね?」
「・・・消毒!?」
未だ震える手をもう片方の手でギュッと握り締める。
悟浄の読めない行動で心臓が早鐘のように鳴っていて差し出されたタオルが受け取れずにいると、八戒が手を伸ばしてあたしの指を温めた熱めのタオルで一本一本拭いてくれた。
な、何だか本当に消毒されている気分だ。
それが終わると八戒は使ったタオルを悟浄に差し出した。
「悟浄、これを洗濯機の中に入れてきてください。それが終わったらこのお皿を居間のテーブルに運んで、さっき買ってきた物を並べておいてくれますか?あぁ、あと戸棚にしまってあるグラスも出してこのタオルで拭いておいて下さいね。それからジープが部屋で休んでいるのでそろそろ連れてきてあげてください。あと・・・」
「まだあるんかい!」
次から次へと用事を言いつける八戒にさすがの悟浄も口を挟んだ。
でも・・・八戒の意見に逆らう事なんて出来ない。
「猫の手は黙って働いてください。」
凍りついたような笑顔を向けられた悟浄は、気持ち前髪(触角)を下げながら静かに台所を後にした。