悟浄が美味しい店を見つけたから今夜食べに行こうゼ・・・と誘ってくれたのはいいんだけど、当の本人は何故か野暮用とか言って先に家を出て行った。その時の悟浄の様子がちょっとおかしいなぁと思って八戒を見れば、八戒も同じように考えていたみたい。

「・・・取り敢えずここ、片付けましょうか。」

「そうだね。」

それから二人で食べ終えた昼食の片付けや、その他の日常業務を簡単にすませて出かける準備を始めた。
約束の時間に余裕を持って準備をすませ居間にいくと、既にコートを着込んだ八戒が戸口で待っていた。

「それじゃぁ行きましょうか。」

「うん!」

八戒達二人と初めての外食と言う事もあり、多少浮かれていたあたしはドアを開けようとして急に立ち止まった八戒に気付かず、お世辞にも高いとは言えない鼻を八戒の背中に思い切りぶつけてしまった。

「いたたっ・・・?」

鼻をさすりながらぶつかってしまった八戒の背中から離れる。
普段ならこんな状態になったあたしをいち早く気付く八戒が、今日は何の反応も無い。
それが妙に気になって鼻を押さえながらチラリと前を見ると ――― 見知らぬ女の人があたし達の目の前に立っていた。



あたしとは全く違う ――― 線の細い感じの美人



・・・こんにちは。

「こんにちは、蓮萌(れんほう)。すみませんがあいにく悟浄は留守で・・・」

あー・・・悟浄のお友達か。こんな綺麗な人ともお友達だなんて、本当に悟浄の交友関係って広いなぁ。
妙な事に感心しているうちに八戒が悟浄の留守の理由を相手に告げ、場所を教えようとしたんだけど蓮萌と呼ばれた女性はそれを否定するかのように首を横に振って次の言葉を紡いだ。

違うんです。今日は・・・その・・・八戒に話があって・・・

「僕に・・・ですか?」

・・・はい。

悟浄じゃなくて八戒に用事なんだ。
・・・何となくあたしがここにいて話を聞いちゃいけないような雰囲気、だよね。
そう思ったあたしは八戒のコートを軽く引っ張って居間で待っているという事を指で示した。
それに気付いた八戒は小さく頷くと、そのまま後ろ手に扉を閉めて蓮萌と呼ばれた女性と一緒に外へ出て行った。










「キレーな人だったなぁ・・・あーゆーのを美人って言うんだよね。きっと・・・」

蓮萌と呼ばれた女性は、あたしと違って出るトコは出てて引っ込む所はこれでもかって程引き締まってる・・・悟浄が鼻の下を伸ばすくらいスタイルがいい人。
一緒に外を歩くと兄弟みたいに見られちゃうあたしと違って、あの人だったら誰が見ても悟浄や八戒の恋人って思われるんだろうな。
それに着てる服のセンスも良かったし、はにかんだ笑顔は同姓のあたしから見ても・・・凄く可愛いかった。
きっとあの人はあたしと違って凄く落ち着いてて、料理とかもすっごい上手で八戒達に余計な迷惑とか全然かけないんだ、多分。
思考がどんどん暴走し始め、自然と大きなため息が出る。



――― だって気付いちゃったんだもん。
・・・きっとあの人は八戒の事が好きなんだ、ってコト。
何故かは分からないけど・・・オンナの勘?



今では二人と普通に話をすることが出来るようになったけど、最初は話をするだけで顔真っ赤になったもんなぁ。
ただ、今まで誰かに告白される・・・とか、デートしてる場面・・・とかを見ていないだけであれだけカッコいいんだからモテるに決まってる。



・・・ちょっと胸がムカムカする?いや、ちょっと所じゃない。



自分の頬がピクピクと引き攣ってるのが分かる。
あー・・・あたしの嫌な所だ。機嫌が悪くなるとすぐ顔に出る。
机に突っ伏して大きなため息をつくと、引き攣る頬を指でつつく。
とにかく、八戒が戻ってくる前にこのヘンな顔・・・治さなきゃ。
椅子に座って自分の頬を思い切り両手で引っ張る。
痛みで涙が浮かんできたけど、それでも一生懸命頬を引っ張って歪んでしまった顔を元に戻そうと頑張る。
胸に引っかかっている事柄を何とかしないと、この胸のムカムカも顔が引き攣るのも直らないって分かってるけど・・・戻ってくる八戒に余計な心配はかけたくない。
そんな風に頬を引っ張って表情を戻すのに夢中になっていたあたしは、声を掛けられるまで背後に立っている人物に気が付かなかった。

「・・・何をしてるんですか?」

「うひゃぁ!!」

ポンッと肩を叩かれ、振り返れば八戒が驚いた顔で立っていた。
慌てて頬を引っ張っていた手を離して何もなかったかのように椅子から立ち上がって笑顔を作る。

「ご、ご用事終わったの?」

「えぇ・・・一応。それじゃぁ行きましょうか?」

「うん。」

小さく返事をしてから机に置いていたカバンを持ってドアノブへ伸ばしたその手を包むように上から八戒の手が重ねられた。

「は・・・八戒?時間遅れちゃうよ?」

「少しくらい大丈夫ですよ。」

そう言っていつものように優しく微笑みながら、ついさっきまであたしが散々伸ばしたり引っ張ったりしていた頬に八戒の手がそっと添えられた。
思い切り引っ張った所為でちょっと赤くなってしまった頬は熱を持っているのか、八戒の手がやけに冷たくて感じる。
思わず目を閉じてその余韻に浸っているあたしの耳に、まるで小さな子供に言い聞かせるかのような優しい声が聞こえてきた。

「あの人は悟浄のお友達で、僕に用事があって訪ねて来ただけです。もし僕らにとって大切な人であれば、まずに紹介しますから。」

「別にそんな事・・・」



気にしてないよ・・・なんて言えない。



普通の人相手なら口先だけでなんとか誤魔化せるけど、八戒達にそれは通用しない。
二人にとってどういう人なのかが心に引っかかっていたのは事実。
あたしの表情が若干変わったのを見た八戒は、頬から手を離すといつものようににっこり笑って今度こそ外へ出るための扉を開けた。

「さて、それじゃぁ行きましょうか。あまり待たせると悟浄は一人で飲み始めてしまいますからね。」

「・・・そうだね。行こう!」





さっきまでの心の靄は僅かに晴れた。
でも肝心な事はまだ聞けていない。
いったいあの人の用事が何だったのか・・・と言う事を・・・。





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