「お〜い!チャン!八戒!!」

悟浄オススメの店は家からそんなに離れていなかった。
約束の時間から少し遅れちゃったけど、悟浄は店の奥の目立たない席に座っていつものように煙草を吸っていた。
テーブルに置いてある灰皿には吸殻が数本あっただけ・・・って事はあんまり待ってないって事だよね。

「すみません。少し遅れてしまいましたね。」

「気にすンなって♪おかげでちぃーっと稼げたからナ。」

物凄く嬉しそうに笑っている悟浄の表情は、ついこの間大負けした時とは雲泥の差。
やっぱり悪い事があった後にはその分いい事が待ってるんだなぁ何て思っていたら、悟浄がメニューを差し出しこう言った。

「つーワケで今日はオレのおごりだ!好きなモン食っていいぞ♪」

「ホント!?」

「おうっ!」

・・・悟浄がこんな事言うなんて、よっぽどいっぱい稼いだんだなぁ。
隣で同じようにメニューを開いていた八戒が、とあるメニューの金額欄を指差しながらあたしに見せてくれた。

「それじゃぁこの辺の金額の高い物から頂きましょうか。」

「オイオイ・・・」

・・・折角稼いだ悟浄のお金、いいの!?そんな風に使っちゃってっ!
と思いながらも八戒が真面目に金額を指さしてじっくり眺めていたのであたしも調子にのって、見覚えのある不吉な単語を指さしてみた。

「ね、八戒。これとかどうかな?」

「おや?いいもの見つけましたね、それじゃぁ悟浄にお願いしてみましょうか。」

「ご・じょ・おvこのお魚食べたいな♪」

手に持っていたメニューに載っている『時価』と書かれた魚の写真を指さしながら、八戒と一緒に笑顔を向ける。



時価=その日その日で材料の仕入れ値が変わる、大抵が高値の場合が多い。



一人だったらこんな事言えないけど、今日は八戒と一緒だもんね。
そんな事考えながらずずいっとメニューを悟浄の前に差し出した。

「・・・なぁ、それワザとか?」

口は災いを体験してしまった悟浄は、長い前髪をかき上げながらじとーっとした目であたしと八戒を見る。
うぅっ、悟浄にそんな目されたら注文を変えざるをえないよ。
あっという間に改心したあたしはお手軽そうな値段の食べ物を探すべく、再びメニューを手元に引き寄せじっくり眺め始めた。

「せっかくと僕らで初めての外食なんですから美味しい物食べたいなぁと思っただけですよ。」

「・・・少しは持ってきてンだろうなぁ?」

「えぇ。ただ足りない分は誰かサンにもうひと稼ぎしてもらうしかないですけどね。」

「しょうがねェなぁ・・・おーい、オッチャン!この写真の魚とココのオススメ料理、適当に持ってきてくれ!」

「ふぇ!?ご、悟浄?」

「あと、料理に合わせて女性に飲みやすい飲み物もお願いします。」

「は、八戒!?」

メニューから顔をあげて正面の悟浄と八戒の顔を交互に見れば、二人ともなんだかやけに楽しそう。

チャンはな〜ンも気にせず、メシ食えばいーの。」

「でもお金・・・」

こっちに来て八戒の買い物に何度か付き合うようになって、お金の勘定だけは出来るようになった。
この店の料理の値段はお手軽とはいえ、オススメを適当に・・・と言ったら結構な額になってしまう。

しかも時価のお魚付き!!

不安げな表情を浮かべ隣の八戒を見たけど、その表情はいつもと同じ・・・。

「いいんですよ、悟浄の言うとおりは出てきたご飯を頑張って全部食べて下さい。」

「そーいうコト♪」

目の前に悟浄、隣に八戒・・・2人に笑顔でそんな事言われたらもう何も言えないよ。

「・・・わかった。頑張って食べる!」

「よっしゃその意気♪酒もきたし乾杯といくか!」

「外で飲むのは久し振りですね。」

・・・飲みすぎンなよ。

ニッコリ笑顔でお酒の入ったグラスを手に持った八戒を見ずに悟浄が呟いた台詞がやけに気にかかる。
確か八戒ってザルを通り越してワクじゃなかったっけ?飲酒量。
それとも悟浄と同居したばかりの頃ってそれほどお酒に強くないのかな?
そんなあたしの疑問を晴らすかのように八戒が店員さんと話をしている間に、悟浄がテーブルに身を乗り出して小声で教えてくれた。

「・・・八戒の飲む量って半端じゃねェんだよ。アイツが飲みだしたらこの店なんてあっという間に潰れちまうゼ。」

「悟浄、聞こえてますよ。」

「ホントの事だろうが。」

「僕は財布の中身と相談して飲みますからね。誰かサンと違って・・・」

「わーるかったね。」

お待ちどうさま!当店オススメの点心盛り合わせとコレ、サービスの生春巻きです。

「うわぁっv美味しそう!!もうお腹ペコペコだよ。」

「何かどっかのサルみたいなコト言ってんな。」

「あははは、そんなに急がなくても料理なくなりませんよ。」

あたしの妙な酒癖を知っている二人は、コレなら絶対に大丈夫だろうという量のお酒をグラスに入れて渡してくれた。



・・・これは飲む、じゃなくて舐めるだろうって量。



それでも二人の気遣いを無駄にする事は出来ず、三人で乾杯をしてからそれを一気に飲み干し、新しいノンアルコールのジュースを注文してから目の前に並んでいる料理を食べ始めた。
八戒が作るご飯は文句無く美味しいけど、このお店の料理は味付けがどこか日本のようで・・・ちょっと懐かしい感じがした。
それにしてもあたしがジュースを一杯飲む間に、二人は次々にお酒を飲んでる。
何か水でも飲んでるみたいな勢いだけど・・・お酒、なんだよね?
一体二人ともどういう体の作りしてるんだ?










、大丈夫ですか?顔真っ赤ですよ?」

「ほえっ?」

「のぼせちゃいましたか?」

「あれから結構ヒト増えたからナ・・・オネーサン!冷たい水くれる?」

あの後、次から次へと運ばれてくる料理を見てその都度あたしは声を上げて喜んだ。
時価のお魚はそんなに大きくなかったけど、蕩けそうなほど柔らかい白身で・・・悟浄に感謝しながら綺麗に骨だけ残して食べつくした。



早い話・・・はしゃぎすぎて顔が赤くなっただけ。



そんな事二人に言えなくて、悟浄がお店のお姉さんから冷たいお水を貰ってくれたのでそれを受け取ってゆっくり口に含む。

「悟浄、僕がさっき席を立った時に飲ませたんじゃないでしょうね?」

「ンな事するワケねェだろ!」

八戒の視線があたしの飲んでいたグラスへ向いたけど、そこにあるのはただのソフトドリンク。確かにさっき八戒が席を外した時に悟浄のお酒をひと舐めさせてもらったけど・・・辛いだけだったからすぐにサラダを食べて口直しをした。
なんで二人ともあれを普通に飲めるのか・・・お酒に弱いあたしとしては不思議でしょうがないよ。

「少し外に出て火照りを冷ましますか?」

のぼせたと判断した八戒が外を指差したけど、あたしだけならともかく八戒達までつき合わせるのは悪いよね。

「ううん・・・えっと、ちょっと席外すから新しいウーロン茶頼んでおいてくれる?」

そう言いながら持ってきたバックを手に衝立の裏にある化粧室へ向かった。










「はぁ〜・・・涼しい。」

ここの化粧室は結構こ綺麗で、中に小さな窓があったのでちょっとだけそこを開けて外の空気を顔に当てた。
時折通る人達が何か楽しそうに歩いているのが見える。
その中に肩を寄せて歩く男女の姿を見つけると・・・つい、さっき訪ねてきた蓮萌さんを思い出してしまった。

「あーだめだめ!折角二人と食事に来てるのに!!」

パンパンと頬を叩いて、目の前の鏡を見ると・・・ほんの少し曇った表情の自分が映る。

「・・・気にしちゃ、だめだってば。」

苦笑しながら鏡の自分の額をつついて小さくため息をつく。
水道の蛇口を捻って外気に当たって冷えた顔を更に水で濡らすと、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた気がする。
あんまりここにいると二人が心配すると思い、化粧室を出る前に大きく深呼吸をしてから扉に手をかけ衝立の裏を通ろうとした瞬間
――― 悟浄と八戒の会話が耳に届いた。

「・・・やはり蓮萌さんが来たのは偶然じゃなかったんですね?」

「そ、オレが行けって言ったんだよ。」

蓮萌さんって・・・昼間家に訪ねてきた女の人?
立ち聞きなんていけないと思いながらも、あたしの足はその場に貼り付けられたように動かなくなってしまった。

「アイツ・・・さ、前からオマエが好きだったんだってよ。でも今度見合いするっつーから・・・告白しろって言ったんだよ。」

「どうしてそんな・・・」

「未消化のままだと別のヤツのコトなんか考えられねェだろ?それならキッパリフラれた方が本人もすっきりすると思ったんだよ。」

「・・・断る方の気持ちは考えなかったんですか?」

「オマエは好意を持って来たヤツを無下に扱うヤツじゃないだろ?」

「随分と買って下さってるんですね。」

「まぁな・・・」

「もしも僕がOKしたらどうするつもりだったんですか?」

「・・・あぁ、それもアリか。」

「全く・・・相変らず行き当たりばったりですね。」

「オレの人生全部そんなモンよ、お前拾ったのだって偶然だしぃー?」

「――― それもそうですね。」



暫しの沈黙。
やっぱり蓮萌さんは八戒が好きだったんだ。
そして今日来たのは・・・八戒に告白する為。

もし、もしも八戒が蓮萌さんの事好きだったら・・・今日この場にはあの人も居たかもしれない。
あたしと悟浄と八戒だけじゃなく、もう一人・・・いたかもしれない。

思考が止まらない。
でもその反面、足は糸で縫い付けられてしまったかのようにその場から動かない。





コンコンと言う衝立を叩く音で我に返ると、八戒が衝立の上から顔を覗かせていた。

「具合は大丈夫ですか?」

「ごめん・・・心配かけて・・・」

どうしよう・・・八戒の顔が見れない。
のろのろと足を進め、席に戻ると八戒があたしの荷物と上着を差し出した。

さえ良ければそろそろ帰りましょうか?残っている料理はあとで悟浄が持って帰ってきてくれるそうですから。」

「え?悟浄は?」

「・・・あそこです。」

八戒が指差した方を見ると、何やら人垣が出来ていてその中心に悟浄の赤い髪が僅かに見えた。時折上がる歓声と悟浄の声から、カードをやってると言う雰囲気が伝わってきた。

「お魚の分稼いでから帰ってくるとの事なので、僕らは先に家に帰りましょう。」

にっこり笑う八戒はいつもと同じなのに、あたしは何故かその笑顔がやけに寂しそうに見えた。





何故だかわからないけど・・・





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