「・・・あー!ひと目飛んでる!!」
ベッドに座って真っ白な毛糸を汚さないよう細心の注意を払いながら編んでたのに・・・やってしまった。
「うわぁぁ〜んっ!寒くなる前に出来るのかな、これ!!」
そう言いながらも飛んでしまった目を拾うべく、目の数を数えながら落ちてしまった部分を探す。
そして何とか落としてしまった部分を見つけ出し現状を復帰させると再び忙しく編み棒を動かし始める。
「おい!チャン!!ナニ首に巻きつけてきたんだよ!!」
「く、苦しいぃぃ・・・」
「あぁ・・・こんなに巻きついちゃって。ダメですよ悟浄!ハサミなんか使ったらの髪まで切っちゃいます。」
「んじゃどうすんだよ!」
「・・・地道に絡んだ糸を解くしかありませんよ。」
現代から桃源郷へ物を持ち込むには、眠る前にあたしが身につけているものしか持ち込めない。
本当だったら完成品をこっちに持ってきたかったんだけど、現代での仕事が忙しくて中々作業が進まなかったから・・・眠る前に毛糸と編み棒を袋に入れてそれを首から掛けて寝たんだけど、あたしの寝相ってどうなってるのってくらい首に紐がぐるぐる巻きになってしまった。
遠のく意識の中悟浄と八戒の声に呼び戻されなかったら危うく綺麗なお花畑を突き抜けて緩やかな川を渡っちゃうとこだった。
「・・・取れました。」
「はぁ〜・・・あんまビビらせんなよ。」
「ご、ごめん。」
「今度からは首にかけるんじゃなくて、腕に巻きつけるとか体に巻きつけるとかした方がいいかもしれませんね。」
苦笑しながらもあたしの首に巻きついていた袋を手渡しながら、八戒がポンポンと頭を撫でてくれた。
うん、次はそうしよう!絶対そうしよう!!
こっちに来る前に三途の川を渡るのは嫌だ!
そしたら三蔵に経もあげて貰えない・・・ってそう言う問題じゃないか。
まぁそんな風にとんでもない状態だったあたしを助けて一息ついた悟浄が椅子に座ってあたしがぎゅっと抱えている袋を指差した。
「んで、ナニそれ。」
「え゛」
悟浄にしたら当たり前な質問―――なんだけど出来上がるまで内緒にしたいあたしとしては一番避けたい質問でもある。
「ひ・・・」
「ひ?」
「秘密。」
「ヒミツだぁ〜!?こっちは真っ青な顔したチャン見て心臓止まりかけたんだぞ?」
「そ、それでも秘密!!」
今にも手を伸ばして袋を取り上げられそうになったあたしと悟浄の間に、まるで子供のケンカを仲裁するかのように八戒が入ってくれた。
「まぁまぁいいじゃないですか悟浄。貴方だってに秘密の1つや2つあるでしょう?」
「そうなの?」
興味深々で八戒の顔を覗き込めば、珍しく八戒が笑いながらその悟浄の秘密とやらを教えてくれた。
「実は悟浄の部屋のベッドの下にはに見せられない本が・・・」
「だぁぁっ!!バラスなよっ!てか何でお前が知ってんだよ!八戒!!」
「この間掃除をした時に偶然見つけたんですよ。」
「・・・マジ?」
「見られちゃいけないものはキチンと片付けてくださいね。特に今はがいるんですから、あーいった教育上良くない物は・・・」
「ごめんなさい!すんませんでした!だからこれ以上言わないで下さいっ!!」
椅子の上に正座をして八戒に向けて手を合わせている悟浄を見て・・・一瞬、今自分が手に持ってるものを見せてでも、悟浄の秘密を知りたくなった。
あたしの教育上良くない物って?一応あたし2人より年上だよ?
そのあたしの教育上良くない物って何!?すっごく興味あるんだけど!!
そんな顔を2人・・・と言うか八戒に向けたら、にっこり笑顔で誤魔化されてしまった。
「今の貴女は・・・まだ、知らなくていいんですよ。」
「・・・そう、なの?」
チラリと肩で息をしている悟浄の方を見ると、何故か視線を外されてしまった。
何?・・・大人系の雑誌って事?
でもまぁその場は悟浄の秘密の雑誌に興味が集中したおかげであたしが持ち込んだものについては追求されずにすんだ。
「やっぱりもう少し太目の毛糸にすればよかったかな。」
一旦ベッドに編み掛けのマフラーを置いて、固まってしまった肩と首をほぐすかのようにぐるぐる回す。
「色の混じった毛糸とか使っても良かったんだけど・・・何となくこの色、あげたかったんだよね。」
最初は2人の目の色のマフラーにしようと思ったんだけど、悟浄に赤いマフラー・・・って考えた時にちょっと戸惑った。
赤は戒めの色だと言っていた悟浄、そして八戒だから。それをあげるのもしてもらうのも・・・どうかと思った。
その時目に入ったのが真っ白・・・ではない、ちょっと生成りっぽい色の毛糸。
それが何となく笑った時の2人と同じような温かさを感じて迷わずその色を選んだ。
ただ問題はその色の毛糸が品薄で、現在店頭に置いてある細さの物しかなかったと言う事。
「やり始めたらしょうがないっ!頑張れあたし!!」
自分に渇を入れつつ再び編み掛けのマフラーを手に取った瞬間、扉をノックされて慌ててそれを毛布の下に隠した。
「はっはい!」
「お忙しい所失礼します。これ・・・どうぞ。」
そう言って八戒が差し出してくれたのは、ポットに入ったあたしの大好きなアップルティ。
「何か頑張ってるみたいですから、お邪魔かなぁと思ったんですが・・・」
「そっそんな事ない!ちょうどのど渇いてたから・・・嬉しい。」
ティーセットの乗ったトレイを受け取りながら、笑顔でお礼を言うと八戒も笑顔であたしの頭を撫でてくれた。
「あんまり無理しちゃダメですよ。夕飯はご一緒できますか?」
「勿論!って言うか呼んでくれれば手伝うよ。」
「今日はありあわせの物で適当に作るから僕一人で大丈夫ですよ。」
「・・・本当?」
「はい。だからも適度に頑張ってくださいね。」
「うん!」
パタンと静かに扉を閉めると、ほのかに香るリンゴの香りを胸いっぱいに吸い込む。
八戒の気持ちが嬉しくて鼻歌を歌いながら紅茶をカップに注いだ瞬間、再び扉が叩かれた。
「はっはーい!」
再び扉を開けると今度はそこに悟浄が何か小さな袋を目の前にぶら下げながら立っていた。
「オ・ミ・ヤ・ゲ」
「お土産?」
思いっきりあたしの目の前に置かれているので小さな茶色い袋しか見えない。
と言うより視界が袋に遮られて悟浄すら見えない。
思わずそのお土産を悟浄の手から取ると、妙に楽しそうに笑ってる悟浄が目の前にいた。
「コレ、チャンが好きだって言ってたの思い出してサ。買ってみた。」
「・・・開けて、いい?」
「どーぞどーぞ。」
遠慮しながら小さな茶色い袋を開けた瞬間、甘い香りが広がった。
「あ、クッキー!」
袋の中には小さな一口サイズのクッキーが数種類入っていた。
思わず一枚取り出して口に入れると程よい甘さが口中に広がる。
「うっわーおいしい!」
「ま、八戒の作るのに比べりゃアレだけどちょっとつまむにはいいだろ?」
火のついてないタバコを口にくわえながら、いつものようにあたしの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「なんか知んねーケド、あんま無茶すんなよ?」
「え?」
「そんじゃオレ、夕飯までお部屋でぐっすり寝てるから♪」
「あ、ありがとう悟浄!」
「どーイタシマシテ。」
ヒラヒラ手を振りながら部屋に戻って行く悟浄に同じように手を振りながら、部屋に入る。
何も知らないはずの2人が同時にこんな事するなんて思えないけど、でも打ち合わせしているようにも思えない。
八戒の入れてくれた紅茶を飲んで、悟浄の買ってきてくれたクッキーを食べて一息ついたあたしは再び編み掛けのマフラーに手を伸ばした。
大好きな2人に感謝と愛情を込めて・・・。
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