「おはよう悟浄!」
「…おうっ」
「あれ?」
机の上にはいつもの様に素晴らしい朝食が準備されているが、それを作ったであろう…八戒の姿が何処にも無い。
首を傾げながらも珍しく朝から起きている悟浄に八戒の行方を聞いてみた。
「ねぇ悟浄、八戒は?お出かけ?」
飲んでいたコーヒーのカップを机に置いてゆっくり視線を窓辺へと向けた。
「いんや…今日は雨だからな…」
「雨…そっか…」
同様に視線を窓辺へ向けると雨の雫がまるで糸の様に一定の模様を刻んでいた。
八戒にとって雨は気分がいいものではない。
嫌な過去を思い出させるものだから…。
それを知っているだけに胸の痛みが伝わってくるような気がする。
取り敢えず用意されていた朝ご飯を食べ、八戒の代わり…とまではいかないが悟浄に色々教えてもらいながら家事を片付けるようにした。
「これで片付いたかな。」
「あーダメ。オレ限界…30分寝かせて…」
それだけ言うと悟浄は掃除を終えたばかりの居間のソファーへごろりと寝転がり、すぐにすやすやと眠り始めた。
ソファーが小さいのか足が出ている。
やっぱり悟浄って大きいよねぇ…足がソファーからはみ出ちゃってるよ。
あたしだとすっぽり入るんだよね、あのソファー…。
時計を見るとそろそろお昼。
何か八戒も食べれそうな物は無いかと冷蔵庫をあさる。
さすが八戒…色々な食材が冷蔵庫の中に入っていた。
問題はそれを調理するあたしの腕?
スープなら何とかなるか・・・と無謀にも考え、コンソメスープを作る事にした。
料理道具の収納場所は以前八戒が教えてくれていたので問題は無い。
調味料も舐めればわかる。あとは気合と根性!そして愛情!?
1時間くらい奮闘して、ようやく食べ物が出来あがった。
「おっ、何か美味そーな匂いしてんじゃん。」
スープをかき混ぜていると背後から誰かが覆い被さってきた。
「悟浄、ゴメンね起こしちゃった?」
その声の主は悟浄。
ガチャガチャやっていたので起こしてしまったらしい。
「いや、何かイイ匂いがしたから起きた。美味そうじゃんソレ、チャン作ったの?」
「うん。これなら八戒も食べれるかなぁって思って…」
小さな器にスープを少し入れて背中に貼りついている悟浄へ手渡す。
「味見、お願いしてもいい?」
「ん?」
悟浄がズズズッという音を立ててスープを飲み干した。
そのまま眉を寄せ、こめかみに手を当てたまま黙り込んでしまった。
うわぁ!あたしは何を作ったんだ!?砂糖と塩間違えたか?
いや、きちんと調味料は舐めて確認したし、自分でも味見して大丈夫だったはずだけど…味が濃かったのか!?薄かったのか!?
「ゴメン悟浄!!不味かったら…あの、口直しに朝のパン残ってるから!あ、チョコもあるし!!」
動揺するあたしを見て悟浄がもう耐えきれないという風に思いきり吹き出した。
「だぁーっはははっは!」
「!?」
手にしていた小皿を机の上に置くとお腹を抱えてしゃがみ込んでしまった。
こっちの食材…ジャガイモの芽に笑う毒の成分でも含まれてるのか?
そんな事を考えながら悟浄の笑いが落ちつくまで、あたしは台所でただボーゼンと立ち尽くす事しか出来なかった。
やがて一通り笑い終えた悟浄があたしの頭にいつもの様にポンっと手を置くとにやりと笑った。
「美味かった!」
「え?」
「だから・・・美味いって、コレ。」
悟浄はゆっくり立ちあがるとぐつぐつ煮える鍋を指差した。
「だって…眉間にしわ寄せて…」
「ジョークだって!いや…すぐ美味いって言い直すつもりだったんだけどさ、チャンの百面相があんまりにも面白くて面白くて…」
「ひっどーい!マジで調味料間違えたかと思って焦ったのに…」
「だから悪かったって!マジ美味いって、早く食いたい。」
そんな悟浄の言葉であっさり機嫌を良くしたあたしは、スープをお皿へ移し冷蔵庫にしまってあったサラダとヨーグルトを取り出すと一人分をお盆に載せた。
「悟浄、これ八戒に持って行ってあげて。」
言いながら振り返ると悟浄がサラダをつまみ食いしならがらしまったと言う顔でこちらを見た。
あ…サラダにのっけた生ハム食べられた。
美味しい所は逃さないんだなぁ…って違う!今はそうじゃなくって…何ていうあたしの心の葛藤を無視して何事も無かったかのように悟浄は八戒の部屋を親指で示した。
「チャンが持ってってやった方が八戒も喜ぶゼv」
「ん…でも、今日は…」
「…オレが行っても変わんねーよ。」
その後、真剣な眼差しの悟浄に説得され結局あたしが八戒の部屋に持っていく事になった。
部屋の前でノックするタイミングを図っていると急に扉が開いた。
「うわっ」
「え?」
急に開いた扉に驚いて1歩下がった瞬間バランスを崩し、落としそうになったお盆を何とか受け止め最悪の事態は免れた。
「危なかった…よかった落ちないで…。」
「…すみません。誰もいないと思ったものですから…」
部屋から出てきた八戒は…いつもの数倍顔色が悪く見えた。
やっぱり…雨の日は…。
そんな八戒につられてしまいそうになる表情を無理矢理明るくして持ってきた食事を目の前に差し出す。
「スープなら八戒も食べれるかと思って作ってみたの。味は悟浄のお墨付きだから大丈夫…だと思う。八戒の手料理には負けると思うけど、美味しく出来たと思う。」
「が…作ったんですか?」
「うん。」
八戒の瞳に一瞬光りが宿った様に見えたが、その光りはすぐに消えいつもとは違う…何処か哀しげな笑顔のまま頭を下げた。
「折角作って頂いたんですがあまり食欲が無くて…悟浄と二人で食べて頂けますか?」
「…そ…っか…」
「…本当にすみません。」
「ううん。多分食欲無いだろうなぁって思ったんだけど、もしかしたらって思っただけだから。無理に食べるの体に良くないもんね。」
そう言って顔を上げて見た八戒の顔は…何とも言い難い表情だった。
そのまま静かに扉を閉めて部屋に入って行った八戒に、今のあたしは何も出来なかった。
それが何故か悔しい…。
雨が降り続く中、悟浄と二人で昼食を食べた。
八戒の分も悟浄は食べてくれて、賞賛してくれた。
いつでも嫁に来いって言ってくれた。
あたしが元気無かったから励ます為だって分ってたんだけど、何だか嬉しかった。
台所を片付けながら窓の外を見ると、朝よりも勢いは落ちた様に見えるが雨は変わらず降り続いていた。
八戒の心をかき乱す…雨…
片付けも終ったあたしは一気に手持ち無沙汰になり、部屋の隅に溜まっていた二人のシャツにアイロンをかける事にした。
いつもなら溜まる前に八戒がアイロンをかけているのだが、あたしのいないここ数日ずっと雨が降り続き家事は滞っているらしい。
ソファーに座って雑誌を読んでいた悟浄をアイロン台まで引っ張ってきて操作方法を聞く。
大体家で使っているのと同じ…と言うのを学ぶと、せっせとアイロンをかけ始めた。
「早く雨、止むといいね。」
「…あぁ。」
アイロンをかけながら早く雨が止めばいいと心から願っていた。
あんなに辛そうな八戒は見たくない。
でも自分には何も出来ない…無力だなぁ。
せめてこうして八戒の手伝いをする事くらいしか思いつかない。
アイロンをかける側で悟浄は雑誌を読んでいる。
その裏表紙を見てあたしはいい事を思いついた。
「悟浄!欲しい物があるんだけど…」
「はぁ!?」
不思議そうな顔をした悟浄をよそに、あたしはさっきとはうってかわって元気が沸いてきた。
これなら少しでも早く雨が止むかもしれない。
乗り気ではない悟浄を何とか誘い、二人で作業をする事にした。
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6月といえば梅雨、梅雨といえば雨・・・そして雨といえば、八戒。
と言う訳で書きためていた物の中から季節物を発見したのでUPしてみました。
こう言う寂しい感じのお話は私はどちらかと言うと苦手なタイプです。
書いていると気持ちが同調しちゃうんですよねぇ(苦笑)
取り敢えず前後編あるので、良かったら続きも読んでやって下さい♪