「おはよ〜・・・って誰もいない?」
目覚めてすぐに居間へ行ったが誰の姿も見当たらない。
その代わりと言うのも何だが、部屋全体に甘い匂いが漂っている気がする。
八戒が台所で何か作っているのだと思い、てくてく歩いて台所へ向かおうとした時、突然あたしの顔に紙と言うか、団扇で叩かれたような痛みが走った。
「な、何!?」
ハリセンじゃない事は確かだけど・・・?
「キュ、キュー!!」
「ジープ?」
紙だと思ったのはどうやらジープの羽のようで、あたしの前に飛び出したジープの羽がたまたまあたしの顔にぶつかってしまったらしい。
結構痛みあるもんだなぁ・・・。
羽がぶつかった鼻を手で擦りながらジープを見ると台所に誰も入らないよう翼を広げ、まるで門番のように空中を浮いていた。
「ジープ?そこに八戒がいるの?」
「キュゥ〜」
ちょっと困った顔をしながらも少しだけ首を上下に動かした。
手を伸ばしてジープの体をそっと捕まえて胸元で抱く。
ジープを入り口に置いてるって事はあたしが台所に入っちゃダメって事かな?
「その通りですよ。」
いつの間にかジープがいた場所に八戒が白いエプロンを身に着けて笑顔で立っていた。
・・・って何がその通り!?
「おはようございます、」
「おはよう八戒・・・じゃなくて!何がその通り?」
「は台所に入っちゃダメです・・・って事ですよ。」
あたし口に出してた?頭で考えてただけだと思うんだけど・・・。
「はすぐ顔に出ますからね。」
思わず胸に抱いていたジープに顔を埋めてしまった。
何か凄く恥ずかしい・・・。
「もう少ししたら昼食の用意をしますから、それまでジープと一緒に遊んで待っていて下さい。」
「あたしも手伝うよ。」
そう言って台所に入ろうとしたあたしの前に八戒が立ち塞がった。
「ダメです。は今日台所に入っちゃいけません。」
メッとでも言うように八戒は人差し指を口元に当ててじっとあたしの目を見た。
「・・・いい子で待っていてくださいね?」
「うっ・・・」
にっこり笑顔でそんな事言われたら・・・八戒の言う事聞くしかない。
台所に立つ八戒にくるりと背を向けて、ちょっと肩を落としながらテーブルに向かいいつもの席に座った。
八戒ってば何隠してるんだろう・・・。
抱いていたジープをテーブルに乗せるとジープは机の上をてくてく歩き始めた。
そっと手を伸ばすとごく自然にジープが体を擦り寄せてくる。
その様子を見ていると子供のように拗ねていた気持ちがどんどん萎んでいくのがわかった。
さすがジープ・・・癒し系ペット(笑)
やがてジープはあたしの膝の上にぴょんっと飛び移ると、小さなアクビと共に体を丸めて落ち着いてしまった。
最近ジープはあたしの膝の上がお気に入りになっているのか、遊びに来て椅子に座っていると最低一回はあたしの膝の上で昼寝をする。
その様子がまた可愛いくって可愛くって・・・暫く動くことが出来ないことを除けばいつでも使ってくださいって感じv
ジープが眠って暫くたってから、見知った頭が窓の向こうを横切った。
部屋で休んでると思った悟浄はどうやら今日は外に行ってたらしい。
玄関の方をじっと見つめていると、ゆっくり扉が開いた。
珍しいなぁ・・・八戒がいつもドアは静かに閉めて下さいって言ってる所為かな?
しかしそれもどうやら違うらしい。
悟浄は何故か外の様子をやたら気にしていて、背を向けて家の中に入ってきた。
しかも・・・泥棒のようにこっそりと。
玄関の扉をそーっと閉めようとしている様子を見てしまったあたしは声を掛けていいものか悪いものか・・・。
「・・・悟浄お帰り〜」
「どあぁっ!」
あ、やっぱり驚いた。何かを後ろ手に隠したまま驚いた表情であたしを指差している。
「・・・チャン・・・もう起きたのか?」
「うん・・・八戒に台所立ち入り禁止令出されちゃって行き場がないの。」
「そか・・・ん?八戒今台所?」
「そうだよ。入っちゃダメって言われて、ジープに監視されてるの。」
子供のように頬を膨らませて膝で眠っているジープを指差した。
しかし悟浄はジープのほうなど目もくれず、視線を台所に固定したまま周囲の様子に気を張っていた。
一体今日はどうしたの二人とも?
ようやく台所から視線を外した悟浄は、そっとあたしの前に小さな袋を置いた。
「悟浄、これなぁに?」
「・・・プレゼント。」
「プレゼント?え?何で!?」
「ホワイトデーのお返しv」
ホワイトデー・・・あぁそういえば今日は3月14日だったっけ・・・って、何ぃ!!
あたしは思わず席から立ち上がりそうなほど驚いたけど、膝にジープが乗っている事を思い出して何とか思い止まった。
「え?うっそ!!悟浄から!?本当!?」
目の前に置かれているのは可愛らしいレースの模様が描かれた小さな袋。
その中にはピンクのリボンが掛けられている小さな白い箱が入っていた。
「・・・開けても・・・いい?」
「ドーゾ」
目の前の椅子を引き寄せて座ると、悟浄はいつものようにタバコを取り出し火をつけた。
あたしは震える手で中から白い箱を取り出すと、ゆっくりピンクのリボンを紐解いてそっと箱を開けた。
「うわぁ・・・美味しそう・・・」
中から出てきたのはちょうど一人分くらいの小さな丸いケーキ。
イチゴが3個乗っていて、それを囲うように飴細工で作ったカゴが被せてある。
そして正面に当たる部分には小さなチョコレートのプレートがついていて、そこには何か文字が書いてある。
「・・・with love えぇっ!!」
真っ赤な顔で悟浄の方を見ると、いつのも不敵な笑顔・・・ゆっくり伸ばされた手がそっとあたしの手を包んだ。
「オレのキ・・・」
「悟浄・・・ケーキを買ったんですか?」
悟浄の言葉はあたしの背後に立った人物の声でかき消されてしまった。
悟浄は石のように体を硬直させると、視線だけをゆっくりあたしの背後に向けた。
「、悟浄にケーキ頂いたんですか?」
「え?あ、うん。今貰ったのっ!!見て見てっ、すっごく美味しそうでしょうv」
片手を悟浄に掴まれたまま開いているもう片方の手で八戒にケーキを指差して見せる。
八戒はにっこり笑顔のままあたしの肩口から悟浄の右手に手を伸ばしたかと思うと、手の甲を思い切り抓った。
「いってぇー!!」
「悟浄がケーキを買うなんて・・・初めてですよね?」
「そうなの?」
目の前で八戒が悟浄の手を抓った事よりも、悟浄がケーキを買うのが初めてと言う事の方が今は興味が大きい。
「特にこのケーキを売っているお店は、女性に人気があって・・・」
「いーだろ別に!」
真っ赤になった手の甲を必死で擦りながら悟浄が恨みがましい目を八戒に向けていた。
うわっ・・・悟浄の右手の甲、もしかして・・・腫れてない?
そんなことお構い無しに八戒は淡々とケーキを売っているお店の説明を続ける。
「人気の理由味が美味しいのは勿論の事、それに加えて可愛らしい内装と商品名・・・って事なんですよね。確かこのケーキは・・・天使の告白・・・じゃなかったですか?」
「天使の告白!?」
思わずケーキと悟浄の顔を交互に見てしまった。
悟浄が・・・可愛いケーキ屋さんで?
・・・天使の告白を下さいって・・・注文・・・
思わず噴出しそうになる口元を慌てて手で覆って、勢い良く悟浄に背を向けた。
「オイッ!」
何とか笑いを堪え様としても肩が震えてしまう。
そんなあたしを置いて、八戒は尚も悟浄の真相を探りにかかった。
「で?悟浄が注文したんですか?」
「違うって!チャンに何買おうかブラブラしてたらキレーなおネェちゃんがいて・・・」
「あぁ店内に?」
「そうそう。結構制服も可愛くて・・・ってそうじゃなくて!」
八戒に乗せられているのか、それとも悟浄がワザとボケてるのかわからない会話が続く。
「とにかく!ケーキ買うなら何処がいいって聞いたらその店教えられて・・・」
「店に行った・・・と?」
「行かなきゃ買えねェだろ!」
「そうですね。それで?」
くすくす笑いながら楽しそうに続きを促す八戒とは裏腹に、あたしのお腹は腹筋が痛くなってきた。
「で、オススメのケーキがこれだった・・・ってコト。」
「なるほど・・・で、店員さんは綺麗なお姉さんだったんですか?」
八戒のさり気ない問いかけに思わず悟浄が本音を漏らした。
「いや、それがたまたまババァしかいなくてよ!何回注文しても違うヤツ取るんだよ。」
「それはそれは・・・」
八戒の声も若干震えている。
しかし悟浄はそれに気づかず、ケーキを手に入れる時の苦労話を熱弁している。
「デカイ声で言っても「はぁ?」とか言って・・・まぁ暫くして来たバイトの子は結構可愛い子だったから・・・」
そこまで口にしてようやく悟浄は自分の口を手で押さえた。
「・・・はめやがったな、八戒?」
しかし当の本人である八戒は、一生懸命笑いを堪えている状態。
あたしはと言うと机に突っ伏して引き攣る腹筋を必死に手で押さえて耐えている。
もう息をするのも辛い。
「いらねェんならオレが食う!」
悟浄があたしの目の前にあったケーキの箱に手を伸ばしたのが視界の片隅に見えたので、あたしは慌ててケーキの箱を取ろうとした悟浄の手を掴んだ。
「悟浄っ!ダメッ!!これあたしの!」
「こんなのいらねェだろ!」
「悟浄があたしの為に買ってくれたんだもん!あたしが食べる!!」
さっきまで笑い転げていた人間が言っても説得力が無い気がする・・・と思った。
でも悟浄は少し照れくさそうに笑うとケーキの箱を掴んでいた手を離してポツリと呟いた。
「チョコ・・・美味かったゼ。」
「ケーキ、どうもありがとう悟浄。」
「ドーいたしまして。」
改めてケーキを手元に引き寄せじっと見つめる。
美味しそう・・・何だか食べるのがもったいないなぁ〜♪
「このお店のケーキは大人気で予約が入るくらいなんですよ?」
ふと気づくと今まで一緒に笑い転げていたはずの八戒が台所から何かを持ってやってきた。
「そのお店のケーキには劣ってしまうかもしれませんが、僕からへのお返しです。」
「え?八戒も!?」
「台所で作っていた物の正体ですよ。」
「・・・うわぁv」
ケーキの箱の横に置かれたのは・・・まるでデザートの盛り合わせ。
ガラスの器の中心に手作りらしいプリンとムース。その隣りにはアイスクリームまである。
そして周囲には綺麗に並べられた果物とワンポイントのような生クリーム・・・。
「八戒のお手製!?」
「ちょっとプリンが崩れちゃいましたけど・・・一応全部手作りですよ。」
八戒って・・・八戒って・・・本当に凄い!!デザートも作れちゃうんだぁ〜vvv
「折角ですから皆でお茶にしましょうか。の余りでよければ悟浄の分もありますよ。」
「・・・余りかよ。」
「勿論ですよ。今日の主役はなんですから。」
「嬉しい!ありがとう八戒!!」
手にはスプーンを握り、いつでも食べれる体勢を取りながら満面の笑みで八戒の方を振り返る。
「喜んでいただけて嬉しいですよ。」
八戒がお茶を入れるため台所に行ってしまったので戻ってくるのを今か今かと待っていたら、目の前に座っていた悟浄がお皿を指差した。
「溶けちまうから先食いな。」
「でも・・・」
「食わせてホシイ?」
「いただきます!」
悟浄が手にスプーンを持ってプリンを掬おうとしたのを慌てて止めて、自分でプリンを掬って食べる。
手作りの優しい味が口中に広がる・・・美味しいぃ〜。
「・・・チャン、スッゲー幸せそうだな。」
「幸せだもん♪」
目の前に悟浄がいて、八戒があたしの為に作ってくれたお菓子を食べる。
これ以上の幸せが何処にある!!
ふとイチゴムースに手をつけてからお皿の上をじっと見た。
(・・・もしかして、これって3倍返しとか?)
確かあたしが渡したチョコレートは一種類・・・でもお皿に載っているのはプリンとムースと・・・アイスクリーム。
(ま・・・まさかね・・・)
「お味はいかがですか?」
お盆の上にあたしの余りと言うプリンを二つと紅茶のポットを持って八戒が戻ってきた。
あたしは首を千切れんばかりに上下に振りながら感想を述べる。
「物凄く美味しい!八戒どうもありがとう!」
「どう致しまして。喜んでいただけて嬉しいです。」
「ってコレ崩れてんじゃねェかよ!」
悟浄の目の前に置かれたプリンは土台が柔らかかったのかぺシャッと崩れてしまっている。
八戒は紅茶をカップに注ぎながら小さくため息をついた。
「型から外す時に失敗しちゃったんですよね。お菓子って案外難しい物ですねぇ・・・」
「でも八戒凄いよ、このムースも手作りでしょ?」
イチゴムースを指で示すと八戒はにっこり頷いた。
「そうですよ。プリンだけじゃ寂しいかと思って色々作ってみたんです。」
「細かいヤツ」
「何か言いました?」
「いえ、別に!な〜んも!」
惚けたフリをして少し崩れたプリンを口に流し込む悟浄と、それを横目で見ている八戒。
くすくす笑いながら八戒のデザートをペロリと平らげ、続いて悟浄から貰ったケーキを空いたお皿に移しケーキの周りに巻かれている透明のフィルムを剥がした。
「おいおい・・・食えるのかよそんなに。」
「大丈夫vデザートは別腹だからv」
心配顔の悟浄を余所にあたしは手にしていたスプーンをフォークに変えてケーキに突き刺した。
そんなあたしの言葉に八戒がお替りの紅茶をカップに注ぎながら突っ込みを入れた。
「?それは食事をした後に使う言葉であってデザートを食べた後に使う言葉じゃ・・・」
「へーき、平気!それじゃ悟浄、イタダキマスv」
「あ・・・ドーゾ」
両手を合わせて悟浄に向けてペコリを頭を下げると、ケーキをひとくち食べた。
八戒が絶賛するだけあってこのケーキは今まで食べた中で一番美味しい。
スポンジは柔らかく、クリームは甘さを抑えてあって八戒のデザートを食べた後でも楽に食べられる。
「美味しい〜っっvvv」
幸せいっぱいの表情を見て、何か言おうとしていた二人もやれやれと言った様子であたしが食べている姿を何も言わずじっと眺めていた。
前半、八戒と悟浄からのホワイトデーの贈り物ですv
まだ恋人でもないので普通にお返し貰ってます。
悟浄にはケーキを買って貰うって言うのは考えてて、八戒には何を作ってもらおうかと考えて・・・すみません、私がプリン好きなんです(苦笑)
って事で3倍返しの意味も込めて、プリンアラモードにしました(笑)
実際にこんなに貰って一気に食べたらお腹壊しそうですけどね・・・ま、その辺はお話って事で♪
さて、バレンタインにチョコレートあげたのは・・・他にもいますよね?
前半に比べて短いですが、もう一方の彼らも何か考えているみたいですよ。
宜しければ後半も引き続きお楽しみ下さいねv