「……何事ですか」
「知らねぇよ」
ソファーに座っている高耶さんの膝に頭を乗せ、気持ち良さそうに眠っている彼女には覚えがある。
「…あぁ、さんですか」
「久し振りだろ」
「えぇ…。ですが…どうしてこうなったんです」
「…叩き起こして説明させるか?」
今にもふくよかな頬をつねりそうになる彼の手をやんわり留めて、膝をついて彼女の様子を伺う。
「疲れているようですね」
「…あぁ」
「そんな彼女を叩き起こすなんて可哀想じゃありませんか」
「お前が理由聞くからだろ?」
「…ん〜…」
「っ!!」
高耶さんの声の大きさに反応したのか、彼女の瞼が軽く揺れる。
思わず体を固くした彼の代わりに様子を伺っていると、瞼は微かに揺れるだけで…開くことはなかった。
「…お前のせいだぞ」
「すみません」
叩き起こす…ときつい事を言っても、そんなこと到底するつもりではない彼の様子に笑みを漏らす。
「何笑ってんだよ」
「…申し訳ありません」
「ったく」
恥ずかしそうに、けれどとても優しい眼差しで彼女に触れる彼を見るのも久し振りだ。
「まーた、なんかはまったんだな」
「…えぇ」
「少しは成長したかと思ったんだけどなぁ」
「人の悩みというものは、いくつになっても溢れ出てくるものですよ」
「……そうだな。生きてりゃ、生きてる時間の分だけ…色々あるよな」
「はい…」
どこか遠くを見るような眼差しの彼を見て、胸が痛む。
けれど、暫くすると高耶さんは触れていた彼女の髪に指を絡めてぽつりと呟いた。
「な、腹…減らねぇか?」
「どこかへ食事に行きますか」
「…けど、こいつあんま食えないみたいなんだよ」
「では、久し振りに高耶さんが腕を揮ってはいかがですか?」
「俺がぁ!?」
自らを示し、驚きの声をあげる彼の口を軽く指で押さえる。
「しっ…さんが起きてしまいます」
「…!!」
息を飲んで膝の上の彼女へ視線を向けるが、よほど安心しているのか目を覚ます気配はない。
「高耶さんの手料理なら、さんも少しでも口にされるんじゃありませんか?」
「…けどよぉ」
無言で眠っている彼女を示す彼を見て、ある事を思いつく。
「…これぐらい眠っているなら、少し動かしても起きそうにありませんね」
「お、おい…直江?」
「私が交代します。その間に高耶さんは腕を揮って下さい」
「マジかよ…」
そっと手を差し込んで彼女の頭を浮かしている間に、未だ何か言いたげな高耶さんと交代する。
「私も、久し振りに高耶さんの手料理を味わいたいんです」
「…久々だから、どうなっても知らねぇぞ」
「貴方の腕は充分知っています」
「ハードル上げやがって」
文句を言いつつも台所へ向かい、冷蔵庫を開けるとこれから我々が食べる事になるであろうメニューを模索し始めた。
高耶さんの料理が出来上がることと
眠る前と後で、借りている膝の相手が違ってさんが驚くこと
どちらが先だろうか…
そんなことを考えながら、高耶さんがしていたように彼女の頭にそっと手を置くと…少し懐かしく感じるその感触に、瞳を閉じた。