「ん…」
ぼんやり目を開けて、膝を借りていた人物の名を呼ぶ。
「ごめ…高耶……」
「おはようございます、さん」
けれど、返って来た声はどうも寝る前の声とは違うようだ。
「………?」
まだ覚めきらない頭と、霞んでいる目元を擦っていると、その手を大きな手に包まれた。
「あまり擦ると赤くなってしまいますよ」
その声と…まとっている香りに覚えがあり、自然とある名前を呟く。
「……なお、え…」
「はい。お久しぶりです」
「…あ、えと…お久しぶりです…」
ん?ちょっと待って。
のんきに挨拶を交わしているけど、あたしの身体は未だにソファーに横たわっているってか、起きてない。
でも、その声はすぐ近くから聞こえる…っていうか、目の前?
「おい!そろそろ出来上がるけど、起こしたか?」
「えぇ、ちょうど目を覚まされました」
あたしに膝を貸してくれていた高耶の声が、別のところからする。
…ということは???
「さん、食事はこちらでとられますか?それとも、テーブルに…」
くっきりはっきり焦点のあった視界に、端正なあの人の顔があった。
「ふっ…」
「ふ?」
「ふぎゃあああああああっっ!!!」
――― なっ、なんであたし直江さんの膝枕で寝てるのっ!?
「すいませんすいませんすいませんっ!」
「私の方こそ、お断りも無くお邪魔してしまってすみませんでした」
「いえいえいえいえっ!それは全然構いません!」
ソファーに正座して膝を借りていた直江さんに謝罪しつつ、台所にいると思われる高耶を怒鳴りつける。
「なんで高耶じゃないの!?」
「文句は直江に言えよ!」
「なんでっ!!……っていうか、高耶何してんの?」
今更ながら台所から漂う美味しそうな香りに首をかしげる。
「腹が減ったから飯を食いに行こうって言ったら、そいつが俺に作れときたもんだ」
「へ?」
「だから、こーしてあり合わせでメシ作ってんだろ…っと。直江」
「はい」
名前を呼ばれただけで立ち上がると、打合せをしていたかのように何かを取り出して持ってくる。
「さん、どうぞこちらに」
「あ、はい」
「どんどん行くぞ」
あたしのエプロンを身につけて湯気の出ているお皿を持った高耶が目の前にそれを置いた。
「うわぁ…美味しそう」
「あっさりしたもんだったら食えるかと思って、サラダとスープパスタにしたぞ。食えなきゃ残せっていうか、無理に食うな」
お皿によそわれているのは、多分高耶だったらひと口で食べてしまうくらいの量。
「足りなきゃ、また作ってやる」
「…充分だよ」
気を使わせないような気遣いが懐かしくて、嬉しくて…思わず目が潤みそうになる。
「ほら、食うぞ。温かいもんは温かいうちが美味いからな」
「うん」
「直江、お前も来い」
「はい」
それから皆で頂きますの挨拶をして、高耶作のスープパスタとサラダを食べた。
昨日まで喉を通りにくかったはずの食べ物も、今日は少しずつゆっくりと喉を通っていく。
胸にこみ上げる気持ち悪さもなく、あるのは…優しさに包まれているという感覚だけ。
「美味しい…」
「えぇ、本当に」
「味付けとか適当だぜ?」
「絶妙の塩加減ですよ」
「褒めてももう何も出ないからな…」
「おや?では冷蔵庫にあったものは…」
「馬鹿、あれはデザート…っ!」
「デザート?」
「デザートもあるそうですよ。さん」
「な〜お〜え〜…」
「あはははは!楽しみにしてるね、高耶!」
「ったく、飯で腹ふくらませてんじゃねぇぞ。空けとけよ!!ま、お前の場合デザートは別腹か」
「最近は同じ腹だもん」
ぷぅ〜っと頬を膨らませて、ゆっくりゆっくりパスタを口に運ぶ。
高耶と直江さんの…優しい眼差しに包まれて食べる食事は、いつもの何倍も美味しく感じられた。