「、こっちに来い」
部活へ顔を出したら、まず最初に千秋に呼ばれた。
ぱたんと扉が閉められ、椅子に座るよう促され腰を下ろす。
しん…と静まり返った防音の部屋は、すぐそばで演奏されているはずの音たちを一切伝えない。
目の前に足を組んで座っている千秋の目が、中々こちらを見ない事が居心地悪い。
どちらから口を開けばいいのか…なんて、考えるのもおかしい気がするが、何よりもまず、世話になったお礼を言わなければならないだろうという結論にいたり、口を開く。
「千…」
「何故、体調が悪いことを言わなかった」
あたしが礼を言うよりも先に、千秋が口火を切った。
「どうして…言わなかった」
怒りを表すような千秋の瞳の色に、思わず身体が萎縮する。
「ご、ごめんな…」
「謝れって言ってるんじゃねぇ。どうして言わなかったか、って聞いてる。余計なことは言うな」
ぴしゃりと言われ、思わず声が詰まる。
「わかってたんだろ。自分の調子がおかしいことに」
「…はい」
「いつからだ」
「今週…頭」
週末の練習を終えて、帰宅した後、身体がだるいということには気づいていた。
そしてその翌朝、喉に微かな違和感を感じたが、まだ大丈夫だと思った。
「はぁ…で、お前のその状態に気づいていたやつはいないのか」
「いない…と思う」
「いいか、」
俯きかけたあたしの顎を掴んで、無理矢理千秋が顔を上げさせる。
「俺はお前を、お前たちを信頼している」
「……」
「だからこそ、最小限の報告で判断をしてきた。だが、お前がいない間に、その最小限の報告がどれだけまとめられたもんかってのを知った」
「…」
「今回のスケジュールは、それを考えるとかなりの負担を強いたはずだ。だが、それは他のやつの負担じゃなく、全部お前の負担になってる」
「そんなことない!」
今回のスケジュールは、確かに今までに比べれば、みんなに負担がかかっている。
だからこそ、あたしひとりに負担がかかっているわけじゃない。
「だったらどうして倒れた」
「そ、れは…」
自分の体調管理の甘さ。
大丈夫だという、軽い認識。
徐々に俯きそうになる顔を、再び上に上げられる。
「俯くんじゃねぇ、胸を張れ、」
「…っ」
「俺が、俺たちが最後までやりきるには、どうしたってお前の力が不可欠だ。表の奏者だけが、この部を動かしてるんじゃない。裏のお前たちの努力があるからこそ、表の人間が輝けるんだ」
ゆらゆらと、視界が揺れる。
「疲れたら、疲れたって言え。他のヤツには言えなくても、俺や蓬生には言えるだろ。お前ひとりぐらい、簡単に受け止めてやる」
「千秋…」
「本番まで、あと少しだ。お前が青白い顔してると、どうにもやる気が出ねぇ」
「ん」
「今日のところは、練習に口は出さずに見学してろ。お前がいるといないで、志気が違う」
「そ、かな」
「あぁ…お前がいなかった昨日は、部員全員気も漫ろで、まとめるのに骨がいった」
「嘘ばっか…」
「俺が嘘なんてつくか」
軽く頬をつままれて、目に浮かんだ涙がぽろりと落ちた。
「…サンキュー、お前が頑張った分、最高の学園祭を見せてやる」
「うん…楽しみに、してる」
「あぁ」
ぐしゃぐしゃと髪を乱されて、泣き顔と髪を直してから出て来いって言われて、千秋が先に部屋を出た。
寝込んでいる間、ずっと頭を占めていたのは…後悔ばかり。
あーすればよかった…
こうしておけばよかった…
けど、不思議。
千秋の言葉ひとつで、心が軽くなる。
千秋を、蓬生を…そして、部を支えていた自信が、また背を伸ばして空を見る。
「よーし、早く元気になるぞー!」
ぱんっ!と頬を叩いて、顔を洗う。
まずは、今日…余計な口を出さないよう、動こうとしないよう努力することからはじめよう。
千秋なりに考えた結果、言葉を伝えて…失ってた自信が蘇ったよ。
ウソクサイ ジブンノ セリフ orz
こんな面倒見のいい千秋じゃないと思うがっ!
うちの千秋こうなったんですっ!(押し通す)
22.青春に続きます。
2010/11/16