…蓬生

「あぁ、無理に話さんでええよ…どない?」

部屋で休んでいたあたしのところへ来た蓬生に、両手で丸を作って大丈夫だと示してみる。

「そない出来るんやったら、大丈夫やね」

小さく頷けば、よしよしと頭を撫でられた。

「けど、昨日は久々に肝冷えたわ」

…ごめ…

「あんたが謝ることやない。あんたはようやった…頑張り過ぎたくらいや」

頭を撫でていた手が後頭部に下ろされ、そのまま蓬生が顔を近づけて、こつんと額が重なる。

「けど、あないになる前に、ひとこと言うて欲しかったわ…ホントのところ」

「…ん」

「水くさいやん…な?」

本当に心配をかけてしまったんだ…というのが、蓬生の目でわかる。
ごめんなさい…と言いそうになるのを堪えて、あたしは笑顔を作ってこういった。

…ありがとう

「どういたしまして。明日は学校来るんやて?」

「うん」

「もう一日休んどった方がええんちゃう?」

「明日、テスト」

「あぁ…確か古文の小テストある言うとったね」

普段、テストで点を取る自信があれば休んでもいいかもしれない。
が、しかし…いつも赤点ギリギリな自分としては、なるべく小まめに点数を稼いでおきたい。

「ふふ…ほな、ちょうどええから睡眠学習といこか」

「?」

「俺も今日は休み。季節の変わり目やからインフルエンザの注射…さっき受けてきたとこや」

「注射…
痛い、よね

「痛いで…けど、も痛い注射したから熱、下がったんやろ?」

治ったら、次、インフルエンザもしなさいって

「当然やね。俺でもそう言うわ」

机の上に積まれていた教科書の山から古文を選ぶと、蓬生が床に座り込んで教科書を開いた。

「目ぇ瞑って聞いとくだけでええよ。古語読んだ後、現代語訳したる」

…マジで?

「マジで。嬉しいやろ」

うん!

「ほな、はじめよか…」

カーテンの引かれた部屋に、蓬生の艶のある声がゆっくり紡ぎだされる。
目を閉じているからか、まさに古文が描かれた時代へとタイムスリップしたみたいだ。



あれ、けど…なんだか変だ。
どうして千秋が、一緒じゃないんだろう。




「……」

千秋はどうしたの?
そう尋ねようと開いた口は、彼の心地よい音読に導かれるよう…静かな寝息をたてることに、専念していた。





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静かな部屋で蓬生が古文読み出したら…そりゃ麻薬です。
寝る自信しかありません。
倒れた翌日、病院ではなく、自宅へ蓬生がお見舞いに来たってことで。
69.部活動に続きます。
2010/11/14