「各自練習をはじめろ」
いつも以上にざわついているメンバーに指示を出し、俺は別室で普段が目を通している書類の束を手に取った。
「…すげぇな」
その書類の端々に、走り書きのようにポイントやアドバイスを書き込んでいる字には見覚えがある。
「蓬生のヤツ…こんなこともしてたのか」
あらかた自分も目を通していたはずだが、あいつらを信用しているからこそ、最小限の報告だけ受けていた。
だが、あれほどまとまった報告の裏に、ここまで綿密な用意がされていたと知ったのは…今だ。
「これじゃあ、ぶっ倒れるのも当たり前か」
「部長、宜しいでしょうか」
「芹沢か、入れ」
「失礼致します」
深々と頭を下げて、部屋に入った芹沢が扉を閉めてからこちらへ一歩足を進めた。
「先ほど副部長から連絡がありました」
「……休みだろ」
「はい。以前から予約していた、インフルエンザ予防摂取のため…だそうです」
―――けど、明日は仮病で休ませて貰う予定やから
「…仮病ちゃうやろ」
「は?」
「いや、なんでもない。それだけか」
「もう一点あります」
「なんだ」
「さんの容態はいかがですか」
「…問題はない」
「それでは、昨日、部活動中倒れた姿を見ていた部員は納得しません。現に今も、彼女が心配で皆の気が散漫です」
「俺は、各自、練習をはじめろ、と言ったはずだが」
「確かに部長がおっしゃったとおり、各パートに別れ、最終チェックに入っています。ですが、ひと言、彼女について部長からお言葉があってもいいはずです」
「あいつは無事だ、心配するな…とでも言えと?」
「事実でしたら、どうぞその通りお伝えください」
きっぱりと言い切る芹沢に、大きくため息をついてから立ち上がる。
「どうもうちの管弦楽部は裏の人間に寄りかかりすぎだな」
「それは、部長を手本にしているからでしょう」
「…お前は本当に言葉を濁さねぇな」
「俺の本来の姿をお気に召したのは、あなたですから」
「違いない」
芹沢の横を通る時、軽くその肩を叩く。
「あいつは今日一日寝てれば、明日には出てくる」
「風邪…ですか」
「あぁ。だが疲労で持病の気管支炎が併発して、あぁなったとこだ。十分休めば問題ない」
「十分…というならば、明日出てくるのは難しいのでは?」
「明日古文の小テストがある」
「…なるほど、では、必ず来ますね」
「あぁそうだ」
明日にはも出てくる、そして…蓬生も、来る。
「一度、練習をやめて全員を集めろ。裏のヤツもだ」
「はい」
「昨日の事態の説明をしている間に、お前は1時間の居残り届けを提出してきてくれ。但し、裏のヤツラは帰せ」
「宜しいんですか?」
「ですら風邪になったんだ。他の奴らにも少し休養を取らせたい」
「…わかりました」
「5分したら、行く」
「はい。では、失礼致します」
芹沢が出て行く時に開いた扉の向こうは、静まり返っていた。
なるほど…全員、芹沢の同行が気になって手が止まったってとこか。
「…そういや、これについては尋ねられなかったな」
頬に貼られた絆創膏。
それは、俺の目を覚ましてくれた、あいつの残した爪あと。
「まぁいい…今は、あいつらの動揺を消して…練習に集中させるだけだ」
いずれ教科書に乗るはずの名だ…と横浜で名乗った手前、これぐらいのことで、足踏みしている暇はない。
蓬生は、定期健診を兼ねて学校はおやすみです。
これは以前から決まっていたことだけど、千秋には言ってなかったのです。
なので、サボリではありません。
…が、今の蓬生がそこまで病弱かどうかは、これまた捏造です…orz
44.自信に続きます。
2010/11/14