星奏学院に幻の楽譜がある…というのは、まことしやかに流れている噂。
千秋も興味を持っていて、こっちにいる間は探してみると冗談交じりに言っていた。
手伝えよって言われたけど、見つけたらオークションに出すとか言ってたから、一瞬手伝うのをやめようかと思った。
でも、ほんの少し…興味があった。
幻の、楽譜。
そこに紡がれた音が、千秋たちによって奏でられたら、どんな音色になるのか。
だから、その楽譜が星奏の音楽準備室にあると、榊さんに教えられた時、一も二も無く食いついた。
けれど、それが…どうしてこんな事になってしまったのか。
オレンジ色に染まる室内で、あたしは楽譜を胸に抱きながら、扉を背に立っている。
夕陽を背に…表情が見えない人物を、見上げる体勢で。
「ちゃんは素直だよね」
「否定はしません……たまに、馬鹿正直とかも言われますが」
「ははっ、それは酷いな」
「いいんです!一応…褒め言葉だと思ってますから」
――― じゃないと千秋と一緒にいられるものか
「でも、素直すぎるのも問題じゃないかな」
ほんの少し、榊さんの声が低くなる。
それを聞いて、反射的に背後の扉に手を伸ばすが、ガタガタと音を立てるだけで開く気配が無い。
「この扉は建て付けが悪くてね。開けるのにコツがいるんだ」
「じゃあ、開けて貰えますか?」
緊張で声が震えているのがわかる。
きっと相手は、声の調子だけじゃなく、表情からもそれを読み取っているのだろう。
「話が終われば、開けてあげるよ。でも、今はまだ駄目だ」
あぁ、そういえば…二人には、こっちに来る前に色々言われたっけ。
『は、もう少し警戒心を持たんとあかんよ』
『ここは神戸じゃねぇからな。俺たちがつきっきりってワケには行かねぇ時もあるだろう』
『俺たち以外の男と、密室で二人きりにならんよう、気ぃつけるんよ』
『なにかあってからじゃ、遅いんだからな』
今のこの状況が、それだとは思わないけれど…少し、警戒が足りなかったかもしれない。
「どうしたのかな。急に黙り込んで」
素直に言ってもいいのかどうか、考える。
けれど、嘘をつくにも何を言えばいいのかわからず、結局思ったままを伝えるしか、今の自分には出来ない。
「警戒心が足りなかったかな、と」
「へぇ…君は、俺に警戒しているんだ」
表情が見えない分、優しい声が…怖い。
持っている楽譜を抱きしめながら、震えそうになる自分の身体も抱きしめる。
――― 千秋…蓬生…
脳裏に幼馴染二人の姿が浮かんで、消える。
あたし、どうすればいいの…
自分、榊先輩の扱いを間違えている気がしてなりません。
でも思いついたんだから、しょうがない。
68.秘密に続きます。
2010/07/02