「嘘つき!」

「ですから、何度も言ったとおり・・・」

「約束破ったのはそっちでしょ!」

「確かに先に約束を破ったのは私です。ですが・・・」

「もぉいい。他の人と遊ぶから!」

「琥珀殿!」

来た時と同じように軽々と窓を越えて外に出て行く彼女を、呆然と見送るしか出来なかった。
以前、彼女が興味を示していた書物が手に入ったので、都合のよい時に尋ねに来てほしいと文を出したら思いのほか楽しみにしていたのか、すぐに来るとの返事が来た。
早速用意して待っていると火急の使者が訪れ、近隣の村で事故が起こったと告げてきた。
すぐにその場に向かい、大きな混乱も無かったのを確認して戻ると・・・部屋にいたのは、不機嫌な様子の彼女。
すぐに理由を説明したのだが彼女の機嫌はそれでも直らず、納得して貰えるようもう一度説明を始めたら・・・今度は怒って出て行ってしまった。

「どうすれば・・・」

以前の私であれば、相手が少し落ち着いてからもう一度話す機会を設けるのだけれど、彼女に対しては・・・どうもそうはいかないらしい。

今日の予定を思い返し、明日の予定を詰めれば埋め合わせられる事を確認すると、部下に声をかけて馬の用意をさせた。










「あーもー・・・国守殿の馬鹿!

いらいらしながら足元の土を蹴って歩く。
ずっと前から読んでみたかった書物。
偶然幸鷹が持ってるって話を聞いて、時間がある時に貸してねってお願いをしたら・・・予想外に早く、約束の物を見つけたという文が届いた。
ずっと楽しみにしていた物が手に入る喜びもあったけど、国守殿が探してくれた気持ちが嬉しくて、翡翠の誘いを断って訪ねて行ったのに・・・

「・・・仕事馬鹿な男なんて、嫌い。」

そう呟いてから、自分の育ての親も仕事馬鹿だった事を思い出した。

「ごめんなさい。仕事馬鹿大好き。」

眼下に広がる海に向かって両手を合わせて頭を下げる。
側に翡翠がいないって分かってるんだけど、どこかで聞いていそうな気がして悪い事は言えない。



――― 幼少教育の大切さが、ここに現れている

ちなみにその頃、船の上で翡翠がくしゃみをしたのは琥珀の知らない事である。



本当なら夕刻まで国守殿で遊ぶつもりだったから、翡翠にも夕刻まで帰らないと言ってしまった。
多分、翡翠は船で何処かへ出掛けてしまったろうから、岸に戻っても皆もいないし、船もない。

「あ〜あ・・・最悪。」

大きなため息をつきながら大好きな海を眺めていると、遠くから何かが近づいてくる気配を感じた。
その辺の勘は翡翠も認める程鋭いので、すぐ側の低い木に登って周囲の様子を伺う。

「・・・げっ!!」

遠くから近づいてくるのは馬で、その数はたったの一頭。
多分、恐らく、あんな上等な馬に乗って供も連れずにこんな所へやってくる人間は・・・ひとりしか思いつかない。

「ゆ、幸鷹・・・」

さっきの今で気持ちの整理なんてついてるわけがない。
今、幸鷹に会っても、絶対また喧嘩して・・・暫く海に逃げる事になる。

「ど、ど、どうしよう・・・」

って、木の上で考えててもしょうがない。
取り敢えず、何処かに身を隠そう。
そう考えて、下も見ないで飛び降りたら・・・

「ぐえっ!」



――― あ、何か踏んだ



「いってぇ・・・」

「なんで人が?」

「いいから、下りろっ!」

「あ、ごめんなさい。」

ひょいっと降りると、むせながら立ち上がったひとりの僧兵。

「あのなぁ、木に登るのはいいけど、降りる時は下を確認しろよ。」

「急いでたんだもん。」

「オレだから良かったけど、もし年寄りが休んでたらどうすんだ。」

「・・・それもそうね。うん、今度から気をつける。」

「・・・で、どうしたんだ。」

「え?」

「何か困ってんじゃねぇのか?」

「・・・別に。」

「追われてるみたいだったけど、大丈夫なのか?」

僧兵の言葉を聞いてある事を思いつき、出来るだけ自然に両手を顔に当てて肩を震わせ・・・泣き真似をし始めた。

「お、おい・・・」

「・・・実は、追われてるんです。」

「誰に?」

「貴族の・・・男の、人。」

「貴族!?」

あれ、なんだろう・・・妙に貴族って言葉に反応してる。

「おい、貴族のヤツに何かされたのか!」

「さ、されてはいないけど、されそうに・・・」

「よし、オレが助けてやる。お前、このままここに隠れてろ!」

「・・・うん。」

予想以上の反応に多少驚きつつも、彼が貸してくれた大きな衣を頭から被って木の後ろに隠れる。
けど、そのまま僧兵がどうするかが気になったので、音を立てないよう気をつけながら木に登ると同時に・・・馬に乗った幸鷹が僧兵の元へやって来た。



「お仕事中すみません。あの、こちらに女性が来ませんでしたか?」
「・・・あんたが、薄紅の衣着た女に手ぇだしたヤツか?」
「は?」
「違うのか!」
「・・・そのような言い方をされる覚えはありませんが、全く関係がないとは言いきれません。」




・・・幸鷹の馬鹿正直。
そんな風に言ったら、絶対僧兵の人誤解するじゃない!



「って事は、あんたがアイツを脅したヤツだな?」



あ〜・・・しっかりばっちり誤解された。



「脅した?私が・・・ですか?」
「アイツが何したか知らねぇけどな、アンタみたいな貴族がただの村娘捕まえて何かしていいって事ねぇんだよ!」
「・・・私は彼女をそのように扱った覚えはありません。」
「じゃあなんで逃げたんだよ。」
「それは、意見の相違・・・と言いましょうか。」
「立場が違えば意見が違うのは当然だろ!」




ちょっと・・・何かどんどん違う方向に話進んでない?
しかもこれじゃぁあたしと幸鷹がまるで恋仲みたいじゃない。



「立場が違うからこそ、きちんと話をしてお互いの意見を聞きたいのです。」
「お貴族様みたいに悠長に語る時間なんて、こっちにはねぇんだよ!日々の生活がやっとなんだからな!」
「だからと言って逃げる理由にはなりません。」
「逃げる理由をアイツが話さないなら、あんたとはその程度の付き合いって事だろう。」
「・・・っ!」




へぇ・・・あの僧兵、結構やるなぁ。
ちょっと血の気が多いみたいだけど、幸鷹の正論に真正面からぶつかっていけるんだ。

言葉を飲み込む幸鷹の表情よりも、燃える炎のようにまっすぐな目をしてぶつかっていく僧兵に・・・興味を持った。





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