カゴの中を飛び出していった蝶は・・・僕の元へ帰る事は、なかった。

「やはりあの時、僕のこの手でアナタの羽を・・・もぎ取るべきでした。」

握り締めた新聞をそのままカバンに押し込むと、目の前にやって来た電車に乗る。
ゆっくり動き出す電車の中でも視界に入る彼女の名前と写真、その隣にいるのは僕ではない。



彼女のいないここで、僕はつまらない日々の生活を繰り返していた。




















新たなの誕生











何気なく入った大学、つまらない授業に出るのは面倒だった。
最低限の出席日数さえ抑えておけば、後は課題やレポートでどうにかなる。
そんなつまらない生活に何の楽しみも見出せない。
彼女が、蝶子さんがいない生活など・・・僕には何の意味もない。
あまり人に知られていない、キャンパスの隅にある芝生に腰を下ろすと今朝買ったばかりの新聞を広げた。そこに映っているのは・・・留学先の大会で新記録を樹立した蝶子さんと、嬉しそうに笑う彼女をしっかり抱きしめている、榊忍の姿。



蝶子さんが榊親子と共にアメリカへ渡った。
向うで成功を収めた蝶子さんはそのまま・・・日本には帰ってこなかった。
帰って来なかった理由は、あの榊親子が手を回している所為だと思ったけれど、その思いは今朝の新聞に打ち砕かれた。



期待の短距離スプリンター下田蝶子と榊忍、結婚秒読みか!?



「僕はもう・・・いらないんですか、蝶子さん。」

ポツリと呟き、新聞特有の掠れた写真の蝶子さんへキスをする。
柔らかく、温かかった彼女の温もりはもう感じられない。

「・・・蝶子さん。」

頬から伝う一筋の涙。
それが紙面に落ちるとまるで彼女が泣いているかのように涙の染みが新聞に広がっていった。
こんな風に彼女を笑わせるのも、泣かせるのも・・・自分だけのはずだったのに。
彼女は今、他の男の腕の中で花開くように微笑んでいる。

「何故僕じゃないんですっ!!」

ぐしゃりと蝶子さんの隣にいる男の写真を握りつぶした瞬間、何かが近づいてくる気配を感じた。
新聞をカバンの中に押し込むと同時に近づいてくる人の声。

「どいてどいてどいてー!!!」

「・・・」

上体を横へ移動させると真っ白な猫が僕の横を通り過ぎていった。
そしてその後を追いかけるのは―――蝶子さん?

「蝶子さん!」

「え?」

僕の声に気付いて振り返った彼女はそのままバランスを崩して勢いよく芝生を滑り落ちて行った。

「痛たたたっ・・・」

「・・・」


――― 違う。蝶子さんじゃ、ない。



当たり前だ、さっきどの新聞でも確認したはずだ。
彼女はもうここにはいない、僕の隣にはいない、僕の手の届くところには・・・いない。
蝶子さんは陸上界でトップを目指す為、榊親子と共に僕の前から消えた。
・・・何も、言わず。



「あの、大丈夫?」

「・・・」

「えっと、ハンカチどうぞ。」

「・・・何を言っているんです。」

「だって、泣いてるよ。」

「・・・」

「もーしょうがないなぁ・・・ちょっとかがんで!」

この時、僕は何故初対面の人間にしたがっているのか不思議でならなかった。
でも何故か彼女の声は蝶子さんのいない単調な生活ですっかり乾いてしまった僕の心を潤すような力を持っていて・・・自然と彼女の前に膝をついた。

「そこまでかがまなくても・・・ま、いっか。」

そっと頬に当てられたハンカチは柔らかくて、少し甘い香りがした。
あぁそうだ・・・この人は何処か蝶子さんに似ている。

「良かったらこのハンカチ使って。」

「すみません。」

メガネを外し、目元と濡れたレンズをハンカチで拭いて改めて目の前の人に視線を向ける。

「へぇー案外素直。」

「・・・」

大きな瞳に華奢な体、微笑む笑顔は何処か人の心を和ませる。
ついさっきまで蝶子さんの事を考えていたのに、僕はずっと蝶子さんの事だけを思っていたのに・・・何故たった今会ったばかりのこの人の事が気になるのか。

「もう大丈夫そうだね。」

「・・・ありがとうございます。」

「どう致しまし・・・
あーっっ!キミそのまま動かないで!」

「え?」

突然彼女が僕に向かって飛び掛ってきた。
自然と伸ばした腕は彼女が地面と衝突しないよう受け止める為・・・何故?蝶子さん以外どうなろうと僕の知った事じゃないのに・・・。

「っっ!」

地面に倒れた反動と、彼女の体重が自分にかかった事で一瞬息が詰まる。
しかし彼女はそんな事全く気にせず、僕の上で嬉しそうな悲鳴をあげていた。

「ミルク!捕まえたv」

「・・・?」

「あ、ゴメンゴメン、今降りるから。」

両手を僕の頭上に伸ばしたままの体勢で、そのまま転がるように芝生の上に転がり落ちた彼女の手には真っ白な姿をした猫が捕まえられていた。

「・・・猫。」

「そ、あたしの友達v」

起き上がってニッコリ微笑んだ彼女は猫をしっかり胸に抱きかかえると、とても幸せそうに猫の頬へ自分の頬を摺り寄せた。



――― 嫌だ。



「ミルク?鬼ごっこは終わり。お家に帰ろうね?」

「ニャァ〜v」

まるで猫を人間のように扱う・・・女性ひと
どうしてそんな目で見る、さっきまで僕を見ていた目でどうしてその猫を見る!!

「あっそうだ、ごめんね下敷きにしちゃって・・・何処か怪我とかない?」

「・・・いいえ。」

ムクリと起き上がってずれたメガネを直し、ちらりと横目で彼女を見る。
何処か心配そうな、気にするような表情・・・それが僕の中の何かに火をつけた。



――― 何故こんなにも気になる。



「うわっ背中泥だらけ!ごめんね。」

「いいですよ、別に。貴女を受け止めたのは僕なんですから。」

慌てて僕の背中についた泥や葉を落とそうと手を伸ばした彼女の手を掴んで、じっと目を見つめる。

「折角の綺麗な手が、汚れます。」



――― 胸が、苦しい。



今まで蝶子さん以外こんなに胸の鼓動を感じた事がないのに、一体僕はどうしたんだ。

「は、はい?」

僕の言葉に首を傾げる彼女は、その言葉の意味がわからないようで・・・その幼い仕草が、どこか記憶の中の蝶子さんと重なる。
あぁでも蝶子さんならこんな時、顔を真っ赤にして怒るんだろうな。
そう思うと自然と頬が緩んで、僕は彼女が抱いていた白い猫を指差した。

「貴女の手が汚れると、その猫まで泥だらけになります・・・と言う意味ですよ。」

「あ、あーナルホド。気遣ってくれてありがとう。でもミルク、シャンプー前はいつも泥だらけだから気にしないで♪」

そう言って声を上げて笑いながら僕の背中に小さな手が・・・置かれた。

「ん?落ちないなぁ・・・」

一生懸命泥を落とそうとする彼女の腕の中にいる猫は、首に赤い首輪をつけてじっと彼女を見ていた。
真っ直ぐな瞳・・・僕もずっとお前のように蝶子さんを見ていた。
でも、見ているだけじゃダメなんだ。

「・・・もういいです。」

「え?」

「家に帰って着替えます。」

「そっかその方がいいよね。あたしが叩いて余計汚れ染みこませたかも知れないし・・・」

照れたように笑う貴女は・・・何処かへ閉じ込めてしまいたいほど、愛しい。

「洗濯すれば問題ありません。」

「それもそうだね。あ、でも下敷きにしちゃったお詫びはさせて!本当にゴメンなさい、えっと・・・メガネ君、名前は?」



――― メガネ君・・・蝶子さんと同じ呼び方。



ただそれだけの事なのに、僕の胸は愛を囁かれたかのような熱を帯びる。

「ねぇ、名前は?
お〜い!!

中々名前を告げない僕の前でしきりと手を振って意識を自分の方へ向ける彼女。
ただ名前を告げるだけなのに・・・何故こんなにも口の中が渇いてしまうのか。

「・・・天川太一朗。」

「んー天川くんか。改めてありがとね、天川くん♪」



――― 見つけた。



無邪気に微笑む彼女、猫を追いかけてわき目も振らず走る彼女・・・今度は逃がさない。

「どう致しまして・・・貴女は・・・」

僕が彼女に声をかけた瞬間、何処からか男の声がして彼女がそれに反応して振り向いた。

「おーい!!!」

「あ、和ちゃん!!」

「こんなトコで何やってるんだよ。」

芝生を駆け下りてきたのは少し日に焼けた体格のいい男。

「ミルクが逃げちゃったの。」

「だから置いて来いっていったろ?」

誰だ・・・彼女に親しげに声をかけるコイツは・・・

「あたしとミルクは一心同体なの!」

「じゃぁ離すなよ、バーカ。」

くしゃくしゃと彼女の髪に手を置いて頭を撫でる。
彼女はそれを嬉しそうに受け止め・・・笑う。



止めろ、止めろ・・・
止めろ!
彼女に触れるなっ!!




そのまま手を引かれ僕の前から立ち去ろうとした彼女が一瞬立ち止まりこちらを振り向いた。

「天川くん!」

「・・・はい。」

「あたし、!!また今度お話しようねv」

「機会があれば・・・」

顔を上げて彼女を見つめれば、まるで少女のような笑みを向けてくれている。



――― 欲しい、彼女が。



そんな僕の視線に気付いたのか、隣にいた男が急に彼女の手を引いて歩き出した。

「おい、行くぞ!。」

「はーい。」

今度はその声にしたがって彼女も歩き出す。










彼女の姿が見えなくなるまで見送って、さっき彼女と一緒に倒れた芝生にもう一度腰を下ろす。そして折りたたまれた新聞を取り出し、一瞬躊躇した後それを・・・引き裂いた。
何度も何度も・・・写真の中の人物が判別出来なくなるまで引き裂いて、微かに吹いた風に乗せ呟く。

「さようなら、蝶子さん。」



かごから逃げ出した蝶はもういらない。
僕は、新しい蝶を見つけたから・・・今度は絶対に逃がさない



「もうアナタは僕から逃げられませんよ・・・さん。」





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・・・100000hit祝いに書いた事のないドリを書いてみようv
と言う訳で、急遽加熱して思いつくままに書いてしまった・・・メガネ君ドリーム(笑)
うっわー・・・誰かついてきてくれるかな?
書いた事のないドリーム書いてみようって、やればやるほど人が減りそう(苦笑)

さて、この話についてはまず謝らねば・・・ごめんなさいm(_ _)m
全て捏造してます!何を捏造しているかと言うと・・・まず相手が蝶子さんじゃない(笑)
本編では何があっても離れる事のない二人ですが、それだとドリームにならないので・・・急遽アメリカへ飛んで貰いました。単行本だと・・・6巻で榊親子に仕組まれてアメリカへ行くのをメガネ君が止めてくれるんですが、そのまま行っちゃった事にしました。でもって蝶子さんには大好きな陸上に勤しんでいただき、鳶に油揚げ状態で榊忍さんへお相手を交代して貰っちゃいました。
元々頭のいいメガネ君はそこそこよい大学に適当に入って、適当に生活・・・と言うか「生きて」います。
蝶子さんがいたカラーの人生から一気にモノクロ、セピアな風景にいます。
それをカラーに変えるのが今回のヒロインなんだけど・・・うっわぁ〜名前と性格だけ持ってきただけじゃん(苦笑)と言うか、伏線はりまくってるワリには続きを考えてない(大問題)
続かなかったらそれはそれ、続いたら「あー続いた。」ってコトで!!
・・・でも続いたとしたらこの話、ちょっと書き直すかもしれない(小声)

実はこの話で一番好きなシーン・・・新聞にキスするメガネ君だったりします(照)
なんか、彼らしくないですか?そして最後に破り捨てるってのも好きです。
彼の新たな標的は・・・シジミ蝶ではありません(笑)モンシロチョウです(笑)
真っ白な羽の中に黒い部分がある、一般的に・・・って言うかこれからそんじょそこらでよく見られる蝶です!!

お願いがひとつv
頑張って
メガネ君を石田さんボイスに変換して読んでみて下さいv
それだけを考えて書きましたから!←正真正銘のお馬鹿さん。

この話には、メガネ君と別れた後のヒロインサイドの話があります(短いけど)
宜しければ
こちらからどうぞv