「はい、ダ〜メ。出直しておいで」
それがアイツのいつもの台詞。
どうして?どうしてあたしの試験官がいつもいつもいつも…アイツなの!?
そうしては3度目の中忍試験に落ちた。
「絶対アイツのせいで中忍試験合格できないのよぉー!!」
はイライラした口調のまま素早く印を結ぶと、先日の試験で失敗した術を再度練習する。
「そんな状態でやったら怪我するぞ」
「そうのんびりした事言ってらんないの!これでもう何度目だと思ってるの!」
途中で印を結ぶのを止めると無理やり練習に付き合わせた幼馴染のイルカの胸倉を掴み、力任せに前後に揺さぶった。
「3回よ!3回!!いつも試験でベスト5に入ってるあたしが3回も中忍試験に落ちてるのよ!!」
「それはが本番に弱いタイプだから…」
「違うわ!アイツよ!アイツが試験官だから手元が狂うのよー!!」
「はぁ…」
はイライラが治まらないまま術を行ったので、イルカが予想したとおり術は失敗に終った。
「だぁー!!」
「だから言ったろう?そんな状態でやっても術は成功しないって」
溜息を付きながらもの横で同様の術の印を結ぶ。
があれほど時間をかけて結んでいたはずの印をいともたやすくやってのけるイルカには多少の驚きを覚えた。
「凄い…いつの間にそんなに出来るようになったの?」
「いつの間にって…俺だって一応アカデミーの先生になるんだぜ。これくらい出来なきゃ先生になれないだろう?」
「そっか…あんなに泣き虫だったのになぁ」
にやりと意地悪そうな笑みを浮かべはイルカの顔を覗き込んだ。
「あれはまだ小さい頃だろ!!」
「いつもあたしの後ついて回って、ちょっと姿が見えなくなるとピーピー泣いてたのに…」
「〜!」
「一楽のラーメン食べたくて泣いて駄々こねてた男の子は誰だっけ?」
「いい加減にしろっ!」
イルカはの頭をがしっと両手で掴むとぐしゃぐしゃとその髪を撫で回した。
「冗談冗談っ!イルカはちゃんとした先生です。昔と違って何でも出来る偉い子です」
「昔と違っては余計だ」
「はいはい」
木漏れ日の中楽しそうに笑うをイルカは目を細めまぶしそうに見つめていた。
いつからかイルカは幼馴染のに恋心を抱いていた。
くるくる変わる表情、負けん気な性格…全てがイルカの心を惹きつける。
しかし残念な事に男兄弟の中で育ったは恋愛という物にひどく疎かった。
アカデミーに入ってすぐ、は何人かの男子生徒に呼び出され愛の告白をされた…しかし恋の「こ」の字も知らないは、相手を全て叩きのめしにっこり笑ってこう言った。
「弱い男って大嫌い♪」
以来に寄って来る男の数は激減した…否、強くなろうと修行に励む男達が激増した。
イルカもその一人である。
運がいいことにの幼馴染で隣人だったイルカは家に帰っても修行熱心なに誘われ授業の復習もかねた修行をする事が多かった。
その結果、アカデミーで優秀な成績を収め念願の教師の職につくことも出来た。
もイルカと同様の道を目指してはいるものの、中忍試験に合格する事が出来ずこうして文句を言いながらも今日の失敗を振り返り修行を続けている。
「イルカの前だとこんなに簡単にできるのになぁ〜」
イルカが物思いにふけっている間に呼吸を整えたは今度はきちんと印を結び、術を成功させていた。
続けてさらに高度な術も連続で成功させる。
「そうだね。どうしてだろう?」
イルカも首をひねる。
の性格からして試験官が誰であれ同じ人物に失態を見せるという事はかなりプライドが傷つくはず。
「カカシが何か術かけて邪魔してるんだぁ〜!!」
「カカシ先生だろ?仮にも上忍の先生を呼び捨てにするな。それにカカシ先生がそんなことするわけ無いだろ?公平じゃなくなるじゃないか」
「だってあたしが印を結ぼうとする時に限って急に名前呼んだり、じーっとこっち見たりしてあたしの気を散らすんだ。絶対カカシが何かしてるんだよ…」
最後の方は殆ど小声で呟いている。
の表情はイルカが今まで見たことがないような表情をしていた。
(…嫌な事ばかり目に付くようになっちまったなぁ…)
それもずっとを見つめていたからなんだろうけど…。
イルカはため息をつくとの肩にポンッと手を置いてじっとその目を見つめた。
「?何、イルカ?」
「どんな気持ち?」
「はぁ?…悪いモンでも食べたの?」
「そうじゃないよ。いいから答えて」
いつになく真剣な様子のイルカに驚きながらもは至近距離にあるイルカの顔をじっと見つめた。
「う〜ん…何か辛そう。疲れてる?」
「俺の気持ちじゃなくて、の気持ち…だよ」
ガクッと肩を落とすとイルカは大きなため息をついた。
鋭いんだか鈍いんだか…だんだんイルカは自分が情けなくなってきた。
「んー、別になんとも思わないけど」
「それはカカシ先生の時も同じ?」
「はぁ!?全然違うよ!イルカは安心できるけど、カカシは…カカシは…・落ち着かない」
「どうして?」
「…わかんない。ただあの目で見られるとすっごく落ち着かない。心臓がバクバクして呼吸も辛い…」
イルカから視線を逸らし地面を見つめているの頭に手を置いて、イルカは出来る限りの笑顔を向けた。
「それが恋なんだよ」
ゆっくり視線を地面からイルカに戻したの表情が途端に崩れた。
「あはははははっっ」
シリアスな空気があっという間に分散した。
はお腹を抱えて地面を転げまわる。
イルカはただただあっけに取られてその様子を眺めていた。
「あ〜苦しっ…イ…イルカ、マジな顔で「それが恋なんだよ」なんて言うから…あはっはははっ!」
「お、おいっ」
「あたしがっ、カ…カカシにっっ…恋なんてっ!ある訳ないじゃん!!」
「!」
笑いすぎで溢れる涙を拭いながらはイルカの肩に手を置いた。
「そんな相手が出来たら真っ先にイルカに相談するよ♪今日は付き合ってくれてアリガト。笑ったら元気でた!!」
それだけ言うとは口元を押さえたままサッと姿を消した。
後に残されたイルカは力なく芝生の上に腰を下ろし、今日一番のため息をついた。
「…恋が分からない相手にどうやって恋を告げればいいんだか…俺の気持ちに気付いてくれるのはいつなんだろうなぁ」
その後も日が沈むまで何故かその場を動く事が出来なかった。