06.合図
「・・・ヒマだ。」
いつもなら暇な時間が無いほど予定が詰まっているのに、今日に限ってオレのスケジュールは真っ白。
しかもその原因は殆どオレにある。
一緒にいるオンナの名前を間違えるというミスから、約束をすっぽかしたり、相手の嫌いな場所へ向かったりとそりゃもう今までのオレからは考えられないようなミスばかり。
そんなコト繰り返せば相手が離れていくのは当たり前。
「自業自得ってか。」
部屋にいると腐っちまいそうだったので外に出れば、向かった先は・・・彼女と出会う可能性のある駅前。
2回会っただけなのに、ここに来れば他の場所へ行くよりも彼女に会える可能性がある。
「・・・オレってばマメな男。」
自嘲気味に笑って何気なく改札の方へ視線を向ければ・・・カミサマってヤツがいるのかもしれないと思う偶然に出くわした。
――― 彼女が、現れた。
「マジかよ・・・」
思わず立ち上がりそうになる気持ちを何とか抑えて彼女を見つめる。
今日の服装は彼女によく似合う、パステルカラーのワンピース。
そういや最初に見たのも・・・ワンピースだったっけ?
あの時はまだノースリーブだったけどもうそれじゃぁ寒いよな。
誰かと待ち合わせかと思っていたら、彼女はまっすぐ右の方向へ歩き始めた。
・・・おいおい、どうするコレから!?
取り敢えず姿を見失ってはどうするコトも出来ない。
オレは煙草をくわえたまま立ち上がると、視線を彼女に合わせたまま姿を見失わないよう一定の距離をあけて彼女の後を追った。
まるで見えない引力に惹かれるかのように歩き続ける自分が・・・信じられない。
追いかけるのはいつも相手、オレはそれを・・・どうしてた?
ンなコトを考えていたら、彼女が男に声をかけられている場面に出くわした。
「ね、アンケートに答えてくれない?すぐ済むからさ。」
「あの・・・急いでるんで。」
「あの店、あそこでホンの少しだけ!!10分でいいから、ね?」
「あの、本当に待ち合わせしてるんです。」
な〜んだナンパ・・・じゃなくてキャッチセールスか。
ホッとした自分に驚きながらも、陰に隠れて二人の様子を伺う。
この辺はあ〜いうの多いから一人で歩いてるとカモにされるんだよな。
しかも彼女みたいなおっとりしたタイプは強引に話を進めれば必ず何か買ってくれる。
・・・こんな経験役に立つワケじゃねェケド、相手見りゃ大体分かるんだよねェこれが。
あ〜ナニ真面目に断ってるんだか。
無視して歩いていきゃいいのに・・・ま、彼女らしいっちゃらしいケド。
知らないのに知ってるフリをしている自分がおかしくて思わず笑い出しそうになる。
――― 一体オレが彼女のナンだって言うんだ?
そんな中、気まぐれのカミサマがオレに何か投げて寄こした。
それは・・・チャンスという名の幸運。
「いっ嫌です!」
「すぐ済むって言ってんじゃん!」
男が彼女の腕を取って無理矢理何処かへ連れて行こうとしている。
人通りの無い道にいる事が男にとって幸いしているんだろうケド・・・オレが無視するワケねェだろ!
後先考えずその場を駆け出し、無理矢理手を引っ張っていた男の手首を掴んで彼女の手を離させるとそのまま彼女と男の間に割って入った。
「オニーサン、ヒトの女にナニしてんの?」
「「・・・え?」」
「無理矢理連れ込んで買わせるなんて随分卑怯なマネしてんだナ。」
ギリギリと手首を掴んでいた手に力を入れると、男の顔が苦痛に歪み始めた。
「・・・行けよ。二度とこんなマネすんじゃねェぞ。」
声をいつもより落として男を睨みつければ、小さな悲鳴をあげて男は首を大きく縦に振った。
それを確認してから手を離すと男は・・・『転がるように逃げる』を実践して見せてくれた。
へェーあれって本当に転びながら必死で逃げるんだな、初めて見たわ。
「あ、あの・・・ありがとうございました。」
背中から聞こえた声で自分がやったコトのでかさを思い出した。
――― マジでナニも考えてなかった、オレ。
振り向きたくても振り向けない、こんな緊張感をオレは・・・知らない。