09.手を伸ばす
「えーーっ!夢の中の人と知り合いになったぁ!?」
「うん。」
仕事が終わってロッカールームで光と制服を着替える時、何気なく話した事だったのに光にはかなりの衝撃だったらしい。
「一人で男の人と喋れないが!?」
「・・・そんな事無いもん。」
頬を膨らませてそっぽを向くと、耳を引っ張られて元の位置に顔を戻された。
「何、そんなにカッコいいの?その人♪」
「光・・・耳、痛いぃ〜」
「教えてくれたら離してあげる。ほら、言いなさい♪」
楽しそうに耳を引っ張る光に小声で呟いた。
「え?」
「可愛い。」
「・・・もう一回。」
「だから・・・可愛い。」
突然掴んでいた耳を離されて、反動でよろけそうになる。
もぉー相変わらずやる事が突然なんだからっ!!
「?その人は年下?」
「ううん、年上。」
「仕事はナニしてんの?」
「あ、聞かなかった。」
「・・・名前は?」
「沙悟浄さん。」
ようやく光に悟浄さんの名前が言えて満足だったのに、光は怪訝そうな顔であたしの肩をつかむとお母さんみたいに心配そうな顔をしてあたしの顔を覗き込んだ。
「その男と・・・付き合うの?」
「ううん。お友達になったの。」
「・・・そっか、うんそうよね。はそんなに馬鹿じゃないよね♪」
「?」
勝手に何かを納得して再び着替え始めた光。
――― ゴメンね光、あたしひとつだけ嘘ついてる。
悟浄さんとお友達になったのは本当だけど、付き合うか付き合わないかどうかは・・・分かんない。
初めて会った時、ヘンな人だと思った。
それから夢の中で会うあの人は、いつもあたしを優しく包んでくれた。
そして現実に会って、話をして・・・いつの間にかあたしの心の中に、悟浄さんの居場所が出来てしまっていた。
もう傷つきたくないって思うのは本当。
あんな風に辛い涙はもう沢山。
皆に心配かけて、自分自身も疲れ果てるような恋は・・・したくない。
でもね、悟浄さんとなら違う恋が出来る気がするって思うの。
だから今はあの人の事をもっと知って、あの人に見合う女の人になりたいって思う。
自分に自信をつけて『悟浄』って呼べるようになったら・・・あたしは自分から手を伸ばして彼の手を掴むんだ。
――― でも、それはまだ誰にも内緒。
この想いが本当に恋かどうかもあたしには、分からないもん。