12.背中
八戒から臨時のバイトを請け負って、その届け先を聞いた瞬間・・・オレは思わずわが耳を疑った。カミサマの気まぐれもここまで続けば何か意味あるんじゃねぇェかって思っちまうくらいだゼ!
八戒の書類の届け先は ――― アイツの美人のねぇちゃんが勤めてる会社。
そのねぇちゃんが勤めてる会社のビルに、なんと!チャンの会社も入ってるんだなコレが♪
そんなラッキーな偶然をオレが上手く使わないワケは無い。
とっとと八戒から頼まれた書類を花喃さんに渡すと、さり気なくチャンの部署が何処にあるのか問い尋ねぇてみた。
「・・・頼みますよ、花喃さん。」
軽くウィンクをして両手を合わせれば、苦笑する姿すら見惚れてしまいそうな笑顔の花喃さんが小さくため息をついた。
「しょうがないわねぇ・・・今日だけよ?」
持っていたファイルからこのビルの地図を取り出すと、今いる場所を教えてくれた。
「・・・それで、10Fへ行けばいいはずよ。」
「へェ〜・・・いつも地図持ってるんですか。」
「一応秘書だからねぇ。こんな風に迷子になっている人に教える事もあるから・・・」
まるで小さな子供にするように額を指でつつかれて、思わず苦笑する。
八戒には敵わないって思うけど、この人には無条件で敵わねぇェって思うナ。
「このお礼は絶対します。」
「それじゃぁ今度お買い物、付き合って貰おうかなぁ?」
「花喃さんの頼みならこっちからお願いしたいっすよ。」
「やだ・・・悟浄くんってば・・・」
あーやっぱ美人だわ、この人。
八戒のねぇちゃんじゃなければ一回くらいデートして貰いたいんだけど・・・。
そう思いながらふと誰かの視線を感じて顔を上げると、何処と無く見知った背中が廊下を走っていく姿が見えた。
「・・・あれ?」
「どうしたの?悟浄くん。」
パタパタ走っていく小柄な後姿は、途中にある階段を降りて行ってしまった。
この時不意に頭にチャンの事が浮かんだ。
顔を見たわけでも、声を聞いたワケでもない。
このビルにいるのか、今日ここにいるのかも分からない。
それでも今走り去った姿が、あの日の泣いていた彼女の姿と重なる。
「・・・花喃さん。も1つ聞いてもいいですか?」
「いいわよ。」
まるでオレが今どういう状況にいるのか分かっているような笑顔で、彼女はオレの質問に答えてくれた。
そして入館時に渡された書類へ記入する退館時間を・・・何も言わず一時間後にしてくれた。
「感謝します。」
「何だか分からないけど、頑張ってね。」
「ドーモ。」
軽く手をあげてさっき彼女が降りて行った階段を駆け下りる。
この下にあるのはこの会社で働いている女性社員のロッカールーム。
入り口は暗証番号が無ければ開ける事が出来ない。
ロッカールームの入り口は数多くあるけれど、用がある会社のロッカーは・・・ひとつだけ。
ここに、彼女がいる確信は無いけれど・・・いないと断言は出来ない。
ただ、あの時微かに見た背中が、あの日見た泣いている彼女と重なったから・・・今、オレはここにいる。