13.1番嫌いで1番好き
結局泣き止むのに時間がかかって気付けばあれから30分程経っていた。
庶務課から直接こっちに来てしまったので、上の仕事は全部放りっぱなし。
霞のかかった頭でゆっくり立ち上がると、壁にかかっている電話へ手を伸ばし同じ部署の光へ連絡を入れた。
「もしもし光?あたし。今更衣室にいるんだけど急に気分悪くなっちゃって・・・」
――― 急に気分が悪くなったんじゃない。
ただ、あたしの心が弱かっただけ・・・勝手に夢を、見ていただけ。
「うん、悪いんだけど課長にそう伝えてくれる?医務室で休んでから帰るから・・・」
こんな腫れた目、真っ赤になった顔で職場には戻れない。
戻った所で仕事をしても余計なミスをして皆に迷惑をかけるのが関の山。
「あ・・・そうか。じゃぁそれ預かっててくれる?うん・・・ごめんね。」
『大丈夫?何だか声、おかしいよ?』
言わなくても気づいてくれるのが嬉しい・・・でも今はその優しさが、辛い。
「ちょっと咳き込んでたから・・・うん、大丈夫。光今日予定あるんでしょう?休んだら帰るから・・・心配してくれてありがとう。」
それだけ言って電話を切る。
少しだけ、少しだけ休んでから ――― 帰ろう。
医務室は正面出入り口を横切ってすぐの所にあるんだけど、今日はやけにその道のりが長く感じられた。
出入り口の所には不審な人物が入って来られないよう警備員の人が立っている。
普段から社員以外あまり人の出入りはないんだけど今日は誰か来てるみたい。
チラリと視線を向けるとバイクのメットを持った男の人が警備員の人と話をしていた。
・・・バイク便の人?
バイク便の人なら届け先の部署名を言えばすぐに中に入れてもらえるはずなのに・・・へんなの。
そんな事を思いながらあたしは医務室の中へ入っていった。
「・・・あれ?」
普段なら顔見知りの人が医務室にいるはずなのに今日はその姿が無い。
机の上を見ると急病人が出たので病院に付き添っているというメモが残っていた。
あたしは来訪者記録に名前と時間を書くと、制服のブレザーを脱いでベッドの上に置きそのままベッドに潜り込んだ。
目を閉じると浮かんでくるのは、赤い髪、赤い瞳の・・・
「悟浄・・・さん・・・」
『・・・慣れるまで悟浄さんじゃダメですか?』
『全然オッケー♪』
初めて会った時の優しい笑顔、優しい声・・・
『花喃さんの頼みならこちらの方からお願いしたいっすね。』
『やだ・・・悟浄くんってば・・・』
それは、誰に対しても同じだった・・・ううん、彼女に対しては全く違う顔だった。
私の中でいつの間にかすっかり芽吹いた恋心。
もう、こんな風に傷つくような恋はしたくない、イヤだと思ったはずなのに・・・
それでも好きだという想いは止められない。
大好きなのは、一度だけお茶をした・・・真っ赤な瞳の悟浄さん。
大嫌いなのは・・・そんな悟浄さんを好きになってしまったあたし。
――― 叶うはずの無い恋なのに。
「ごじょ・・・さ・・・ん。」
名前で呼びたかった。
誰よりも親しみを込めて呼びたい名前だった。
でも・・・もう呼べない。