16.確かなこと











「・・・あーもうこんな時間か。」

公園にある時計を見ればそれは7時を差していた。

「ってコトは・・・うっわぁーオレ、3時間近くここにいんのか。」

指を折りかけてあまりの事に絶句した。
今までどんな時でもこんな風に人を待った事は無い。
ちなみに待たせたコトは・・・待った日数よりも多い。
・・・中にはすっぽかしたコトもあったっけか?

「はぁ〜アレやっぱチャンじゃなかったのかぁ?」

花喃さんと話している時に見かけた後姿・・・あれは、一番最初に彼女を見た時と同じ背中だと思ったんだケド・・・

「カン違い・・・か?」

ポツリと呟きながら立ち上がってバイクに寄りかかる。
足元の吸殻は山のようになっていて、明日掃除する人が眉をしかめるのは目に見えている。
それでも煙草へ火をつける手は止まらないし、視線は3時間ずっと見ていた方向から動かない。





『まだ来ないの?』

まだ来ない、じゃなくて来るか来ないかわかんねェって言ったらどうしたろう。

『名前が分かるならいるかどうか聞いて来てあげましょうか?』

ソレは嬉しいけど、電話番号も部署も分かってるから花喃さんの手を煩わす必要は無い。

『・・・差し入れ。でもあんまり無理しちゃダメよ。』

花喃さんの質問に殆どまともに答えなかったのに、いつものように綺麗な笑顔を浮かべながら彼女は缶コーヒーと新しい煙草を買ってきてくれた。
礼を言って受け取ると、彼女は手を振りながらそれ以上何も言わずに帰って行った。





就業時間の時に彼女に電話をすれば、こんな風に無駄な時間を過ごす事は無かった。

「ちょっと用事でこっち来て、今チャンの会社の前にいるんだ。良かったら夕飯でも一緒にどう?」

いつも街でナンパするように彼女に電話でそう言えばいいのに・・・なんでオレはそれが出来ない?
待つ事など一度もした事が無いオレが、来るか来ないかも分からない相手を3時間も待つなんて信じられない。
きっとこの事を八戒が聞けばすぐに深夜の救急病院(しかも精神科)へ連れて行くに違いない。
それぐらい珍しい事なのに・・・待っている事に喜びは感じても苦痛は全く無い。



この3時間でオレはある事を認めた。



「・・・初恋、って結構厄介だな。」

ダチが言っていた事を否定していたけど、ここまで来れば認めるさ。



――― 彼女がオレの・・・初恋の相手だってコトを ―――



チャンがいるかもしれない、会えるかもしれない。
そう考えるだけで待っている間の疲れよりも、その喜びの方が勝ってしまう。
こんな気持ち、今まで一度も感じたコト無かった。
ちょっとくすぐったいような、おかしな気持ちだケド・・・こーゆーのもたまにはいいかって思える。

「・・・ま、もう少し待ってこなけりゃ今度こそ電話・・・すっか。」

携帯を取り出し彼女の番号を呼び出す。
いつでもかけられるように短縮ダイヤルの一番最初に登録しておいた。
短くなった煙草を足元に落とし、踵でその火を揉み消すと最後にもう一度ずっと見ていた方向へ視線を戻した。










・・・今度、今度来なければ電話をしよう。

もう帰ってしまっていても構わない。
彼女の声が聞けるなら、それだけで十分だ。



――― ここまで来ればオレだって分かるさ、彼女に心底惚れちまったってコト ―――





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