17.愛していると君が言う
「うわぁっ・・・寒っ。」
日中は太陽が出ていて暖かかったから上着を着て来なかったんだけど・・・失敗だったかも。
あたしは持っていたスカーフをカバンから取り出して首に巻きつけると、出口付近にいた警備員さんに軽く会釈して外に出た。
「もう7時過ぎか・・・」
冷たくなった夜風が入り込まないよう襟元をぎゅっと押さえながら歩いていると、急に風が止んだ。
・・・あれ?
木の陰とか何かの物陰に入ったわけでもない。
ひょっとして前に車か何かあるのかと思って顔を上げるよりも先に、今一番聞きたくない声が・・・聞こえてきた。
「よっ、オツカレサン♪」
ゆっくり顔を上げると、そこに立っていたのは・・・会うのが今、一番辛い・・・
(ごじょ・・・さん・・・)
人間驚くと声が出ないって言うのは本当かもしれない。
あたしの身体はまるで石のように凍り付いてしまって、息をするのも忘れてしまったように胸が苦しい。
「ちょっと用事でこっち来たんだけど、ちょうどチャンの会社があるのに気付いて・・・」
語りかける声は初めて聞いた時と全く変化がない。
優しく名前を呼ばれて、こうして声をかけて貰えるのは嬉しい・・・でも今は・・・
「チャン?」
「・・・さい。」
「へ?」
精一杯の力で凍り付いてしまった足を動かして悟浄さんから逃げ出す。
でも寒さと緊張で震えてしまった足は悟浄さんから数メートルもしないうちに絡まって、危うく転びそうになった所を後ろからやってきた悟浄さんに支えられ事なきを得た。
「どうしたんだよ、チャン。ナンかあったのか?」
心配そうにあたしの顔を覗き込む、暗闇でも分かる赤い瞳。
その瞳が、声が、そして掴まれている腕から伝わるその温かさが・・・折角決めた決心をあっさり揺るがせてしまいそうになる。
地面を見つめている瞳から涙がこぼれ始めたのに気付いた。
顔・・・上げなきゃいけない、でもあげられない。
「突然ゴメンって・・・どうした?」
「何でも・・・ないです。」
「何でもなきゃそんな風になんないだろ?」
――― 貴方が、花喃さんの彼氏じゃなかったらこんな風にならなかった ―――
そんな醜い歪んだ心があたしの中に湧き出してきた。
このままこうしていればあたしは悟浄さんに酷い事を言ってしまうかもしれない。
憧れの花喃さんの事も悪く言ってしまうかも知れない。
自分の中の醜い心に飲み込まれないよう、あたしは悟浄さんの手を振り払って顔を上げた。
「もう離して!!」
キッと睨むように見つめた悟浄さんの顔は、酷く傷ついた顔をしていて・・・何も言わなかった。
「・・・」
――― 悟浄さんを傷つけた。
そんな思いに駆られながら、あたしは涙も拭わずペコリと頭を下げるともう一度別れを告げた。
「・・・ごめんなさい、帰ります。」
クルリと悟浄さんに背中を向けて、今度は転ばないようしっかり歩く。
・・・まだダメ。
あの角を曲がるまで、走っちゃダメ。
自分にそう言い聞かせながら角を曲がる直前、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「・・・え?」
風が強かったから聞き違いかもしれない。
だって、そんな事があるはず無いもん。
悟浄さんは花喃さんの彼氏で・・・あたしとは一回しかお茶した事ない。
電話した事も、メールのやり取りした事も一度だってない。
自分の都合のいいように聞こえた言葉だと思った。
でもあたしの顔をじっと見つめながら近づいてくる悟浄さんの顔は、今まで見た事がないくらい真剣で・・・気付けばあたしは悟浄さんに抱きしめられていた。
チャンが・・・好きだ。
耳元に囁かれた言葉は、今まで聞いたどんな愛の台詞よりも心に響いた。
気軽に使う『好き』という言葉なのに『愛している』という言葉よりも重みがある。
カミサマ、これが夢ならどうか覚めないで・・・
もう少し、あと少しだけこの温もりを感じさせて・・・