25.スコール
いつもの週末。
会社帰りのあたしを迎えに来た悟浄さんが、顔を見た瞬間会社近くの喫茶店に行こうと言った。
普段なら直ぐにバイクで何処かへ出掛けて食事をするのに、珍しいなぁと思いながらも断る理由が無いので頷いた。
バイクを押して歩く悟浄さんの隣を歩きながらふと空を見上げると、黒い雲が空に広がり始めていた。
・・・あぁそういえば天気予報で夕立があるかもって言ってたっけ。
そのままオープンテラスのある喫茶店の中に入り席につくと、コーヒーとココアを悟浄さんが頼んでくれた。
「ココア?」
「疲れた時には甘い物の方が疲れ取れるぜ。」
「・・・ありがとう。」
「ま、八戒の受売りだけど。」
苦笑しながら水を飲む悟浄さん、それが照れ隠しなんだって事に最近気付いた。
誰よりも優しい人なのに、それを表に出すのを恥ずかしがる。
あたしはそんな悟浄さんを知るたびにどんどん好きになっていく。
注文したコーヒーとココアがテーブルに置かれ、一口飲むとココアの甘さが体の疲れを癒してくれるように感じた。
あーやっぱり疲れてるんだ、あたし。
「で、何かあった?」
「え?」
「・・・顔色ワリィぜ?」
「そ、そうですか?!」
「まーた無理してんじゃねぇだろうな?チャン何でも頑張りすぎるからな。」
「あはは・・・」
・・・図星。
先週から1ヶ月という期間限定であたしは部内異動の通知を受けた。
異動先は・・・花喃さんが秘書をしている社長の甥でもある玄奘三蔵さんの部署。
花喃さんが前々から取っていた有休の間に、結構な量のデータ入力を伴う仕事が入ったらしい。
それでその仕事に必要な資格を持っていて、尚且つパソコン入力の正確さと速さを推薦した上司のおかげで白羽の矢があたしに当たった。
でも実際は悟浄さんのお友達である八戒さんの・・・双子のお姉さんである花喃さんがあたしを三蔵さんに推薦したというのが一番大きかったみたい。
そりゃ知らない部署の上司や紙面上に書かれている資格よりも、花喃さんの言葉が一番信用出来るよね。
「随分こき使う上司だな。こんな可愛い部下、酷使するなんてさ。」
「あたしが慣れてないから疲れてるだけですよ。三蔵さんは他の部署の上司よりも気を使ってくれてる・・・と思います。」
実際三蔵さんはあたしの様子を小まめに気にかけてくれる。
VDT症候群にも気を使ってくれて、パソコンの入力を続けていたら必ず途中で別の仕事をタイミングよく渡してくれる。
そう考えるとあたしよりも三蔵さんの方が大変かもしれない。
「ひょっとしたら三蔵さんの方が疲れてるかもしれない。」
「優しいな・・・チャ・・・」
「ほぉ・・・お前が俺に気を使うのは初めてじゃないか?」
悟浄さんがあたしの名前を呼ぶよりも先にその声を遮ったのは・・・ついさっきまで聞いていた声に似ていた。
まさかと思いながらゆっくり顔をあげると、ついさっき退社の挨拶をした現直属の上司三蔵さんがいた。
「さっさっ三蔵さん!!」
慌てて立ち上がり頭を下げると同じように悟浄さんも立ち上がり軽く会釈してくれた。
「・・・えっと、悟浄さん。こちら私の上司の三蔵さん。」
「どうも・・・沙悟浄です。」
「玄奘三蔵だ。いつもコイツには面倒をかけさせられている。」
「・・・三蔵さん、お願いですからせめて世話になってるって言ってくれませんか?」
「誰がてめぇの世話になってるって?」
同じ職場で働かなければ・・・カッコいい人だと思ったのにこの口の悪さだけはどうにかならないか!?
思わずカッと熱くなっていつものように勢い良く立ち上がり、指を三蔵さんにつきつけた。
「いつもいつも昼食に誘わないと食事を取らないのは誰ですか!」
「誰がてめぇに頼んだ!!」
これがあたしと三蔵さんの日常。
花喃さんがあたしを推薦したのも三蔵さんと普通に話が出来るだろうと思ったから、らしい。
「昼食の時間も分からない人がキチンと仕事できますか!」
「昼食の時間も分からんヤツよりミスが多いのは何でだ?あぁ?」
「そっそれは三蔵さんの体の心配をしているからです!」
「そんなモンより仕事の能率を上げろ!!」
「じゃぁ1人でご飯食べれるんですね?」
「俺はてめぇのガキか!」
「おいおいこんな所で止めろって!」
綺麗な赤が視界に入って、あたしはここが職場では無い事を思い出した。
そして側にいるのは上司と、一番大好きで大切な悟浄さんがいるという事も・・・。
「あ・・・」
「ちっ。」
気付けば店の視線を一身に浴びてしまい慌てて席につく。
悟浄さんの前でヘンなトコ見せちゃった。
折角久し振りに会えたのに・・・どうしてこうなっちゃったんだろう。
沈んだ空気をどうしようかと考えていたら、いつものように三蔵さんがあたしの頭を軽く叩いた。
「週末だからといって気を抜くな。来週頭に仕上げなきゃならん仕事もある・・・ゆっくり休んで疲れをとれ。」
「・・・はい、お疲れ様でした。」
「折角の所、邪魔したな。」
「・・・いーえ。」
それだけ言うと三蔵さんは何も言わずテーブルに置いてあったレシートを持って行ってしまった。
店を出るまでその背中を見送って、改めて目の前の悟浄さんに軽く頭を下げる。
あんな怒鳴ったりするの見て・・・呆れてないかな。
「ゴメンなさい悟浄さん、変な所見せちゃって・・・悟浄さん?」
あたしはこの時気付かなかった。
悟浄さんが今まで見た事の無い程の厳しい視線で、三蔵さんを見ていた事に・・・。
外ではいつの間にか降り出した雨が、激しい雨粒を窓に打ちつけていた。