26.タバコの煙











「・・・くっそ!」

灰皿からこぼれ落ちそうになっている長いままの吸殻。
空になったハイライトの箱を握りつぶし部屋のゴミ箱に向かって放り投げる。
ケドそれは部屋の隅に置いてあるゴミ箱に入る前に壁にぶつかり、空箱は見当違いの方へ飛んで行った。
それを拾いもせず新しい煙草の袋を無造作に破いて、そこから新しい煙草を取り出し指に挟む。

「なんなんだアイツは!」

思わず指に力が入り、まだ吸ってもいないハイライトが二つに折れてテーブルに落ちた。










オレのイライラの原因は・・・週末、オレとチャンの前に現れた1人の男の存在だった。
1ヶ月という期間限定で部署替えとなった彼女は最近やたら疲れていて、夜の電話も途中で上の空になる事が多く話も続かない。
だから毎晩かけていた電話も少し遠慮して本数を減らした。
少しでも彼女に休んでもらいたかったから・・・。

そして週末。
いつものように彼女が会社から出てくるのを待っていたオレは・・・チャンの姿を見て唖然とした。
いつも笑顔の彼女が、目の下にクマを作り今にも倒れそうな足取りでこっちに向かって歩いてくる。
そんな状態の彼女をバイクに乗せるなんて、出来るわけねェだろ?
だから近場の喫茶店で少し休んでから家に送ろうと思ったさ。
疲れている時には甘いものがいいと言う八戒の言葉が脳裏に浮かんでココアを頼めば、チャンが笑顔を見せてくれた。
あぁこの笑顔が見れるなら、オレは何でもやろう。心の中でそう誓いながら彼女に何気なく言った台詞。

「随分こき使う上司だな。こんな可愛い部下、酷使するなんてさ。」

こんな状態だからてっきりストレスとか文句とか溜まってるだろうと思って投げかけた台詞だったのに、意に反して帰って来たのはその相手を保護するような言葉。

こんなになっても相手を気遣える彼女を・・・尊敬しそうになった。
オレだったら思いっきり文句をぶちまけて、それに賛同してもらいたいって思っちまうからな。
だから素直に彼女の優しさを敬おうとしたその瞬間・・・そこに現れたのが三蔵とか言う彼女の上司。



一言で言うと・・・「ナニ様だ?てめェ!!」だった。



こっちが珍しく真面目に挨拶してやってんのに、名前を名乗っただけで目も合わせずチャンと話しやがって!!
無意識に握った拳でテーブルを叩き、灰皿から幾つかの吸殻が零れ落ちた。
後片付けが大変だとかそんなモン今はもうどうでもいい。





出会った当初に比べれば幾分打ち解けてくれていると思っていた彼女。
男に慣れてないだけだってのは、チャンを見てれば嫌でも分かる。

そんな彼女が・・・珍しく声を荒げて向かって行った相手、それが三蔵。

チャンが異動になったのは先週・・・花喃さんが三蔵の所で秘書やってるってのは八戒から聞いてっから、同じ会社のチャンと三蔵が認識あるのは当たり前、だよな。
でもそんだけであんなに打ち解けられるもンか?





オレのやるコトなすコトに頬を染めるチャンを可愛いと、愛しいと思うのは事実。
だけど、さ・・・オレ的には何でも言い合える仲になりたいわけよ。
嫌な事は嫌、疲れた時は疲れた、あれがしたい、これがしたい・・・何でも思った事を言って欲しい。
でも彼女は未だオレに遠慮している。

「なのに・・・何だよ、あれは・・・」





「・・・三蔵さん、お願いですからせめて世話になってるって言ってくれませんか?」
「誰がてめぇの世話になってるって?」



「いつもいつも昼食に誘わないと食事を取らないのは誰ですか!」
「誰がてめぇに頼んだ!!」



「昼食の時間も分からない人がキチンと仕事できますか!」
「昼食の時間も分からんヤツよりミスが多いのは何でだ?あぁ?」
「そっそれは三蔵さんの体の心配をしているからです!」
「そんなモンより仕事の能率を上げろ!!」
「じゃぁ1人でご飯食べれるんですね?」
「俺はてめぇのガキか!」





腹を割って怒鳴りあえる関係・・・それでも互いの信頼は揺らがない。
極めつけは立ち去り際のアイツの行動。

チャンの頭を軽く叩いて・・・こっち見て笑いやがった!!

「なめてんじゃねェぞ!!」

苛立ちを押さえきれずテーブルを足で蹴れば、音を立ててテーブルの上に乗っていた灰皿と飲みかけのコーヒーが床に落ちた。
その所為でびしょ濡れになった煙草の中から唯一濡れなかった一本を取り出し口にくわえ火をつける。

「絶対に・・・渡さねェ・・・」










あんなヤツに・・・彼女を渡したりしねェ。
宣戦布告だって言うのなら受けてやろうじゃねェか!!





BACK          Top          NEXT→27