28.世界中











「お〜・・・ご苦労サン♪」

何度電話をしても酔っ払いに構ってるヒマはないと切られたが、三度目の正直。
マスターがかけた電話で八戒がやってきた。自分でも驚くくらい酔っ払って・・・まさかここに泊まるワケにも行かなくて、かといって他の知り合いのトコには絶対行きたくなかった。
だから、マスターに頼んで八戒に連絡してもらった。
ヘラヘラ笑ってカウンターに突っ伏してるオレを冷めた目で見て、マスターに礼を言うと八戒はオレの前にやってきた。

「彼女とお付き合いするようになってから夜遊びは止めたんじゃありませんでしたか?」

「ん〜?」

「誤魔化さないで下さい、こんな馬鹿な飲み方するなんて・・・全く。」

「オレな、八戒・・・やっぱダメだわ。」

「はい?」

ゆっくり目を閉じて彼女の顔を思い浮かべる。
初めて見た時の泣き顔、初めて声をかけた時の緊張した顔・・・そして今、俺と一緒にいる彼女の顔。
何度思い返しても・・・オレの前で彼女の緊張は解けない。



――― 今も、まだ



両手を前に差し出して心配そうな顔をしたマスターに声をかけた。

「なぁマスター・・・高嶺の花ってさ、いくら稼いだら買えるンだろうな。」

「悟浄?」

「すみません、この人酔ってるんです。気になさらないで下さい。」

真剣に尋ねたはずの答えは誰からも返って来ない。
代わりに返って来たのは今のオレにはぴったりな台詞・・・あぁ確かにオレは酔ってるよ、彼女の全てに。

「・・・悟浄、とにかく帰りましょう。このままここにいてご迷惑をかける訳にはいきません。」

「行くトコなんて・・・ねェよ。」

さっきから携帯がずっと鳴っている。着信履歴はきっと彼女の名前でいっぱいだろう。
家に帰れば1人で彼女の事を考えちまう。
どんどん、悪い方へ・・・なぁ〜んでこうなっちまったんだろうな。

「はぁ、・・・困った人ですね。タクシー代は貴方持ちですよ。」

ため息と同時にオレの腕を肩に担ぐと、八戒が乗ってきたであろうタクシーに乗せられた。










八戒の家に着くと玄関先に投げ捨てられ、目の前にペットボトルが一本ドンと置かれた。

「サービスはここまでです。居間のソファーを使ってください。それから、酔った勢いで花喃の部屋に入ろうとしたら今度こそぶっ殺しますからね。」

以前酔った時に花喃さんの部屋に入ったの・・・まぁ〜だ怒ってやがる。
・・・って当たり前だよな。オレだってアイツがチャンに触れただけであんだけ不快な気分になるんだ。
八戒のヤツが怒るのも無理ねェ。

「・・・悪かった、もうしねェ。」

ポソリとつぶやいた言葉に八戒がやけに驚いた顔をして見せた。

「本当にどうしたんです?今日の貴方は少しおかしいですよ。」

「・・・かもな。」

「彼女と何かあったんですか?」

チャンとは・・・ねェよ。」

ここ数日、オレの気持ちが不安定だから彼女に余計な心配をかけたくなくて連絡を一切入れなかった。
その所為か一度アパートへ訪ねて来てくれたコトがあった。
生憎・・・というかオレはバイトでいなかったので手紙と風邪薬などの入った紙袋が扉にかけられていた事で彼女が来たコトを知った。



・・・オレに何かあったんじゃないか、と思ったらしい。



「もしかして三蔵が絡んでいるんですか?」

「なんでお前が知ってる!?」

突然その名を出され、一気に酔いが冷めたオレは反射的に八戒の手を掴んで聞き返す。
そんなオレの行動を反対の手で制した八戒は・・・アイツにしては珍しく驚いた顔をしていた。

「花喃の上司で僕の仕事にも関係しています。知らない訳はないでしょう?」

「あ・・・そ、そうだな。」

言われて見ればそうだ。分かっていた事なのにこんなに反応しちまうなんて・・・どうかしてる。

「まさか、三蔵とさん・・・」

「名前で呼ぶな!」

「すみません。さんが一緒にいたとか言うんですか?」

「・・・オレもいた。」

「それで・・・彼女と三蔵が親しげに話していた、とか言うんじゃありませんよね?」

コイツの遠回しだけど核心をつく言い方が・・・ムカつく。

「当たりだ!!っつったらどうする!」

バンッと床を手で叩くと側に置いてあったペットボトルが倒れてオレの足元に転がってきた。
それを八戒が拾い上げ、更に大きな音を立ててオレの目の前に置いた。

馬鹿ですか、貴方は。」



・・・コイツに馬鹿って言われると、本当に馬鹿に思えるから不思議だ。



「そんな事で落ち込んでるんですか・・・馬鹿らしい。」



頼むから連呼するな。・・・マジで馬鹿に思えてくる。



「悟浄?貴方は今まで彼女の何を見てきたんですか?」

「あぁ?」

「確かに今の貴方には彼女は高嶺の花でしょうね。こんな馬鹿と一緒にいるくらいなら僕の方から三蔵にお願いして引き取って貰いたいくらいですよ。」

「八戒!」

カッと頭に血が上り、八戒の胸倉を掴む。
アイツの細身の体が一瞬浮いたようにも感じたが、オレの腕を押さえるように上から掴んだその手には・・・アザがつくんじゃってくらい力が込められている。

「何故怒るんです?貴方が今、彼女にしている事に比べればどうって事ないでしょう?」

「あんだと!」

「彼女が心配しているのは誰です?三蔵ですか?」

「・・・あぁ?」

「携帯電話の着信、一番多いのは誰ですか?」

「・・・?」

「貴方を今、一番心配しているのは・・・誰ですか?」

「・・・」

そこまで一気に言い切ると八戒はオレの手首を胸倉から引き剥がし、その手を今度はオレの頬に当て意識を取り戻させるかのように軽く叩いた。

「この間貴方の家に行った時、やけに不似合いな物がありましたよね?」

「不似・・・合い?」

「風邪薬に頭痛薬、咳止めシロップにうがい薬・・・いわゆる常備薬ですよ。」

「・・・」

「それを買ってくれたのは、誰ですか?」



――― チャン、だ。



「ねぇ悟浄、今一番貴方を心配しているのが誰か・・・分かっていますよね?」

「・・・あぁ。」

何でコイツを呼んだのか・・・今分かった。
八戒はオレが分かるまで、最後まで話をしてくれる。
見捨てないって分かってるから・・・今まで付き合ってこれたんだ。

「サンキュ、八戒。明日チャンのトコ行ってくる。」

「そうして下さい。これ以上惚気を聞かされるのは真っ平です。」



あ〜またコイツに借り作っちまったな。
・・・と、思ったオレが甘かった。





明日までに仕上げなければならないという仕事の手伝いを徹夜でやらされた挙句、翌日の家事一切を任され朝一番でチャンの所へ連絡を入れようと思っていたが結局出来ず。
彼女の元へたどり着いたのは就業時間ギリギリ。










今なら世界中に聞こえるような声で言える・・・オレはやっぱりチャンが好きだ、と。





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