30.触れない指先
「なんっかここで待ってると・・・チャンに好きだって言ったの思い出すよな。」
八戒の家の家事から解放されてようやくやって来たチャンの会社・・・側の公園。
そんなに来てない訳でもないのに妙に懐かしく感じる。
まず何から話せばいいんだ?とにかくここ数日電話に出れなかったコト謝るだろ?んで薬持って来て貰ったお礼言って・・・それから改めてちゃんと、好きだと伝えよう。
ここ数日変なコトで悩んで、オレ自身ちょっとおかしかったしな。
今度はンなコトでゆらがねェって自分に言い聞かす意味でもちゃんと話して、気持ちをしっかり固めねェと。
自分で自分を笑うように頬を緩め、公園の時計をチラリと眺めた。
「にしてもまだか?今日は週末だからいつもなら5時半には出てくるだろ?」
あ゛・・・ひょっとしてオレが連絡入れてないから友達と約束とか入れちゃったとか。
うっわーありえる!チャンって案外友達多いんだよな。
デートの時とか良く友達の名前聞くもんナ・・・光チャンだったっけ?今度紹介してくれねェかなぁ〜。
そんなコト考えていたオレの目に、チャンの姿が映った。
久し振りに見る彼女は・・・なんつーの?やっぱり可愛くてしょうがなくて今すぐにでもこの腕に抱きしめたいって思えるほどだった。
そんな気持ちを抑えるように彼女のメットを手に道路を渡ろうとしたオレの足が・・・その場で固まった。
「・・・ンでだよ。」
彼女の隣を・・・アイツが、三蔵が歩いている。
「違う・・・よな。ただ帰る方向が同じ・・・だけ、だよ・・・な?」
誰に問う訳でもなく口から出た声には力がなくて・・・オレはそのままメットを持って二人の後をつけた。
信号待ちの交差点で、人込みにまぎれて二人の近くに行けば・・・数日振りに聞こえたチャンの声。
「大体三蔵さんは口が悪いです。」
「今までこれで困った事はないんでな。」
「誤解されちゃいますよ?」
「されて困るヤツなんざいねぇ。」
煙草を吸いながらチャンと話をしているヤツの顔がやけに楽しそうに見える。
そしてその隣にいるチャンも楽しそうに笑ってる。
「じゃぁ誤解しましょうか?」
「ほぉ・・・誤解してたのか?てめぇは。」
「いいえ。三蔵さん、口は悪いけど言ってる事はいつも本当です。」
「じゃぁ問題ねぇな。」
「え?」
「・・・てめぇが分かってりゃ、問題ねぇだろうが。」
「あははははっ味方、少なそうですよねぇ三蔵さんって。」
「煩ぇ。」
信号が青に変わり周囲の人間が前に進む中・・・オレだけが一人赤信号のまま動けずにいる。
無意識に伸ばした手は彼女の影に届いただけで、その手には何も掴むコトが出来なかった。
なぁ八戒、今まで見てきた彼女はオレの知ってる彼女だけど・・・今目の前で見てる彼女は、オレの知らない彼女なんだ。
この場合・・・オレはナニを信じればいい?
「三蔵さん?」
「何だ。」
駅に向かうのかと思っていたけれど、二人が向かったのはオレなんかが普段入れなそうな高級レストラン。
「本当にここ、入るんですか?」
「ほぉ・・・ここじゃ不満か?」
店の前で立ち尽くしてるチャンの隣で笑ってる・・・男。
「いや、そうじゃなくって・・・」
「てめぇが食いたいって言ったんだろうが。」
チャンが・・・言った?
「確かに言いましたよ?でも・・・」
「ぐだぐだ煩ぇ!とっとと来い!」
首を振っていたチャンの手を掴んでそのまま店の中に入って行った。
薄暗い店内の様子は見えないけど、入り口のガラス越しに見えたチャンの顔は・・・確かに笑っていた。
そのあとどうやってバイクの所まで戻ったのか、覚えていない。
ただ彼女に向かって伸ばした手の平がやけに痛くて・・・ゆっくり開いてみれば、その手には何かを掴もうと必死に伸ばした痕が・・・残っていた。
けれど残ったのは痛みだけで、伸ばした手には何も・・・残ってはいなかった。
最後に彼女に触れたのは・・・外灯に当たって伸びていた彼女の、影。