31.意地っ張り
三蔵さんにご飯をご馳走になった日の夜、悟浄さんに電話をかけたけどやっぱり繋がらなかった。
翌日、家を訪ねてみたけど留守で・・・それからまた仕事が始まって、1ヶ月の異動から戻ったらあたしの机が仕事で埋まってて残業を繰り返していたらあっという間に週末になってしまった。
「うううっ・・・今週も悟浄さんと連絡取れなかった。」
トボトボ駅までの道を歩いていたら見覚えのあるバイクが目の前を横切った。
まさかと思って今来た道を慌てて戻ると、会社脇の公園に・・・悟浄さんがいた。
「悟浄さん!」
ようやく会えた喜びで駆け出したら足元の出っ張りにつまずいた。
折角会えたのに笑われちゃうと思って慌てて立ち上がって誤魔化そうとしたあたしの目に映ったのは・・・何だか泣きそうな顔をした悟浄さんだった。
「・・・悟浄・・・さん?」
嫌な空気が周囲を包む。
そんなあたしの前に悟浄さんがメットを差し出して、久し振りに名前を呼んでくれた。
「お疲れ様、チャン。良かったら付き合ってくれねぇ?」
「はい勿論!でも悟浄さん最近・・・」
悟浄さんのお誘いを断るなんて絶対にしない!
だから元気良く頷いて最近新しいバイトでも始めたのか聞こうとしたけど、悟浄さんは何故か声をかけられない雰囲気を漂わせていて・・・ただただ無言でバイクにまたがってしまった。
「ここ・・・」
連れて来られたのは初めて悟浄さんと出会った駅前。
友達と間違えて声かけられたんだよね。
でもどうしてここに来たんだろう?
・・・メットを取って悟浄さんに渡そうとしたあたしは、嫌な気配を感じてしまった。
悟浄さんの顔が・・・あの日のあの人に、重なったから。
「チャン・・・最近電話出なくてゴメンな。」
「いいえ・・・忙しかったんですか?」
「いや、チャンの声、聞くのが・・・辛かった。」
「え?」
・・・今、悟浄さんなんて言ったの?
「辛かった・・・?」
「このままだとオレ、どんどん嫌なヤツになっちまうって思ったんだ。」
何?何を言ってるの悟浄さん。
あたしの声を聞くのが辛いって・・・どういう意味?
「この一週間、ない脳みそ使って考えた。」
「な・・・にを・・・」
聞きたくないってあたしの中の誰かが言っている。
これはあの日の再現だと思えるほど、あたしの頭がある光景をフラッシュバックさせている。
あの日も・・・こんな風に彼氏に呼び出された。
そして、あたしにはついていけない、他に好きな人が出来たから別れてくれって言われた。
その日からここはあたしにとっての鬼門だった・・・悟浄さんに出会うまでは。
悟浄さんに出会ってからここは終わりの場所から始まりの場所に変わったのに・・・。
「別れよう。」
――― だからもう恋なんてしないってあの日、決めたのに・・・
「・・・ごじょ・・・さん・・・」
「辛いだろ?チャンも・・・」
今まで聞いた事がないくらい悲痛な声で何かを話しかけてくる悟浄さんの声が聞こえない。
ずっと、ずっと側にいたいと・・・この人なら何時までも一緒にいれると思ったのに、悟浄さんは違ったの?
好きだって言ってくれたのは・・・その気持ちはもうないの?
あの日と同じように涙があとからあとから溢れてくる。
「それに今・・・気になる人が・・・いる。」
「え?」
悟浄さんがその言葉のあと、ある方向へ視線を向けた。
そこにいたのは・・・
「花喃・・・さん・・・」
道の向こう、デパートの前で誰かを待っている様子の花喃さん。
その花喃さんを見る悟浄さんの目はいつもあたしを見ていてくれた視線と同じで・・・胸が痛んだ。
「やっぱ忘れられなくて・・・だから・・・」
初めて胸に熱い物がこみ上げて・・・悟浄さんの頬を叩こうと手をあげた。
それを見たら絶対避けるか防ぐ体制を取ると思ったのに悟浄さんはただ目を閉じて次の行為を待っているようだった。
「・・・悟浄!」
こんなにまだ好きなのに!!
でもこれ以上この人を苦しめられないから・・・最後の最後に思いを込めて名前を呼んで、悟浄さんの頬にキスをした。
悟浄さんと交わした最初で最後の・・・キス。
「さよう・・・なら。」
ぺこりと頭を下げ、花喃さんがいない方の駅の改札に向かって歩き出した。
涙が溢れて止まらない。
皆がこっちを見ている・・・その視線の中に、温かな物を見つけ思わずそっちに向かって歩き出した。
どうしてこんな所にいるのか。
どうして何も言わずにあたしを見ていてくれるのか分からないけど・・・。
今は何も考えたく・・・ない。
「・・・どうした、。」
「ふ・・・フラレ・・・ました・・・」
「そうか。」
「三蔵さ・・・ん。」
「見るに耐えん馬鹿面だな・・・暫く隠れてろ。」
どんな時でも変わらないその口調が今はとても心地よい。
でも抱きしめてくれた腕は口調とは裏腹に温かくて・・・それが悟浄さんの腕の温かさにとてもよく似ていて涙が止まらなかった。
大好きだと、何があってもあたしはまだ好きだって言いたかった!
三蔵さんにしているみたいに、抱きついて、すがり付いて・・・泣いて喚いて好きだって言いたかった!!
でも・・・言えない。
あんな辛い顔をした悟浄さんをもっと辛くさせたくなかったから。
あれ以上傷ついた彼を見るのは嫌だったから・・・だから、直ぐにあの場を立ち去った。
「好きなのに・・・悟浄・・・」
ずっと大切に温めていた名前は、最後の別れに告げる事となった。