32.さよならのためのキス











チャンと三蔵の姿を見た日から・・・ずっと部屋にこもって考えてた。
アイツよりもオレの方がチャンのコトが好きだと言う自信はあるし、その気持ちも揺らぐコトがないと言い切れる。



だけど・・・チャンの気持ちはどうだ?



この年でもフリーターでマトモな仕事にもついてなくて、食事もあんな豪華なトコなんて年一回行ければいい方。
貯金もなければ何もない。
あるのは・・・この体くらいなもんだ。
そう考えると・・・アイツと付き合った方が彼女にとっていいんじゃないか?と思えてきた。
八戒が聞いたらまた怒るんだろうな、こんなコト。

だけどさ・・・オレはもうチャンに泣いて欲しくねェのよ。
オレなんかと付き合ったらこの先どれだけ泣くかわかんねェじゃん。
それなら何でも言い合える相手の方が・・・泣く回数少ないだろ?



一週間考えて出した結論・・・オレから別れを切り出す。



電話で連絡すると決心が鈍るから、直接会社へ迎えに行くコトにした。
いつも心躍らせていた道も今じゃ死刑台に続く灰色の道、だな。
このまま彼女がいなければ、今日言わなくてもすむ。
そんな後ろ向きな心を叱咤するかのようにオレの目はある人影を見つけてしまった。
どんなに沢山の人がいても・・・やっぱチャンの姿は目に付くんだな、オレ。
それくらいまだ想ってるんだって思ったら・・・馬鹿みたいに視界が緩んだ。
そんなトコ見られるワケにはいかなくて、気付かない振りしていつもの公園へ向かいバイクを止めたら・・・チャンが走ってきた。

そんなに慌てると転んじまう・・・って思うより先に転ぶんだよな、チャンは。
ポケットから手を出して彼女の前に差し出しそうになって慌てて引っ込めた。



もうこの役をするのは・・・オレじゃない。



「・・・悟浄・・・さん?」

久し振りに聞いた彼女の声は温かくオレの心を包んでくれた。
オレはなるべく平静を装いながらチャンにメットを差し出しながら、声をかけた。



これがオレとチャンの・・・最後のデート。



「お疲れ様、チャン。良かったら付き合ってくれねェ?」

「はい勿論!でも悟浄さん最近・・・」

ゴメンな・・・これ以上話したらオレ、チャンのコト離せなくなるから。
オレは無言でバイクにまたがると彼女に後ろに乗るよう指で合図をした。
いつものように荷物を前抱きに抱え、ギュッとしがみついてくる彼女の体。

スピードを上げると怖がってしがみついてくれるのが嬉しくて、無意味にスピードを上げたよな。
コーナーを曲がる時も体重移動に慣れなくて、初めてバイク降りた時・・・泣いちゃったんだよな。
そんなコトを一つ一つ思い出しながら・・・オレは彼女と出会った場所へバイクを進めた。




















「ここ・・・」

驚いたように周囲を見渡す彼女。



・・・ここまで来れたらあと少しだろう?
今更躊躇ってどうする・・・彼女をこれ以上苦しませるワケにはいかねェだろう!



自分の中の情けない自分を殴りつけ、まっすぐチャンを見つめた。
もう、何か分かっちまってるだろうな。

チャン・・・最近電話出なくてゴメンな。」

「いいえ・・・忙しかったんですか?」

いーや、ナンも手につかなかった。
チャンのコトで頭がいっぱいになって・・・食事するのすら面倒になってた。
電話を見たらチャンにかけちまいそうで・・・声、聞きたくてたまんなかった。
そんな思いを飲み込んで、思っているコトとは逆のコトを口にする。

「いや、チャンの声、聞くのが・・・辛かった。」



――― いつでも声、聞きたかった



「え?辛かった・・・?」

「このままだとオレ、どんどん嫌なヤツになっちまうって思ったんだ。」



チャンが嫌がっても、泣かせても・・・側にいたいって今でも思ってる。
アイツなんかに渡したくない!今すぐにでもこの腕に抱きしめたい!!

でもな・・・それは全部チャンの意思に反してるだろ?



「この一週間、ない脳みそ使って考えた。」



――― 考えたくなかったケド



「な・・・にを・・・」

あぁ彼女の目が・・・あの日と同じように涙に濡れている。
一番見たくなかったのに、泣かせたくないと思っていたのに・・・。





初めてチャンを見た時、誰かに別れを告げられて涙している所だった。
その涙が綺麗で・・・まっすぐ見つめる視線が眩しくて、その目にオレを映して欲しいと思った。
それから街で見かけて、カミサマの偶然で話すコトが出来た。

そしてこんなオレと・・・付き合ってくれた。



だから今日はオレがキミを見送るから・・・。





「別れよう。」



――― 絶対に泣かせないと、思っていたのに・・・



「・・・ごじょ・・・さん・・・」

「辛いだろ?チャンも・・・」



――― そんな顔、しないでくれ・・・

オレと付き合ったままじゃ新しい恋にいけないだろ?
だからこんな最低な男のコトは忘れて、アイツの所へ行けよ。



躊躇うチャンの背中を押す為に・・・オレにはあとひとつやらなきゃいけないコトがある。
出来るコトなら・・・こんな台詞、チャンには言いたくなかった。

「それに今・・・気になる人が・・・いる。」



――― 気になってるのは、ただ1人・・・キミだけだけど



「え?」

今日ここで花喃さんと待ち合わせをしていた。
それは八戒にいつも世話になっている礼に贈り物をしたいから買い物に付き合ってくれと言っていたからだ。
時間通り彼女はデパートの入口に立っている。

「花喃・・・さん・・・」

大きく見開かれた目は驚きと戸惑いで揺れている。
チャンが花喃さんに憧れているのを知っていて・・・選んだ相手。
彼女ならチャンは・・・何も言わないと分かっているから。

「やっぱ忘れられなくて・・・だから・・・」

こんなコトに花喃さんを使って八戒にナニを言われるか分かんねェけど・・・今のオレはチャンの気持ちを軽くする為ならなんでもやるさ。
思ったとおり目の前にいるチャンは初めて怒りの表情を露にし、堪えるように拳を震わせていた。



――― それで気が済むなら、いくらでも殴ってくれ。



ひょっとしたらオレは笑っていたかもしれない。
オレなんかを殴るくらいで彼女の心が晴れるなら構わない・・・そう思って目を閉じていたのに ―――










「・・・悟浄!」

彼女が最後にくれたモノは・・・頬へのはじめてのキスと初めての名前。

「さよう・・・なら。」

そのまま彼女は頭を下げて花喃さんが待っているデパートの入口とは逆へ向かって歩いて行った。





あんな風にボロボロ泣きながら見送られる経験なんて全く無い。

確かここで泣いている彼女をはじめて見た時そう思った。
でもさ・・・人のコト言えるのか?
オレ今どんなツラしてるよ。





それでも最後まで見つめていたい。
今でも、そしてこれからもずっと大好きなキミの姿を・・・せめてこの場所から見えなくなるまで見ていたい。



歩いていく彼女を周りの人が皆見ている。

オレが・・・泣かせちまったんだ。
だからそんなに見ないでやってくれよ・・・ほっといてやってくれよ。
明日にはまた可愛い顔で笑ってくれるオンナだからさ。

世界で一番・・・イイ女だから、綺麗に咲かせてやってくれよ。






























彼女の姿が見えなくなってから、オレは花喃さんの待つデパートへ向かった。

「・・・悟浄くん。」

「お待たせ。」

「・・・悟浄くん?」

「茶、奢ります。花喃さん待たせたってアイツに知れたら・・・大変だから。」

そう言って店に入ろうとしたオレの手を花喃さんに掴まれて思わず足を止めた。
そのまま振り返ると頬に柔らかな白いハンカチが当てられた。

「目にゴミでも・・・入ったの?」

「へ?」

「涙、止まらないのね?」

八戒のように核心を突いていて、それを柔らかく包んでくれる花喃さんの声は・・・今はマズイ。
必死で唇を噛み締めて俯けば、花喃さんが手を引いて歩き出した。



情けねェ、こんなトコ誰かに見られたら・・・って誰に見られても構わないか。



「ここなら大丈夫よ。」

「でかいゴミ・・・
入ったんです。

「そう・・・」

「すぐ・・・
取れますから・・・

「分かった。」

オレはそのまま声を殺して泣いた。
花喃さんが壁になってくれてオレの背中にもたれかかってくれてる温かさが、最後にバイクでしがみついていたチャンの温もりに似ていて・・・余計涙が零れた。





あんなヤツよりオレの方がチャンのコトが好きだ!
アイツみたいに馬鹿やっても、冗談やってもチャンに側にいて欲しいっていつも思ってた!!

でもそれは・・・オレのワガママだ。

そんなコトでチャンをオレの腕に閉じ込めるコトなんて・・・出来ねェよ。



「好きだ・・・
・・・



ずっと大切に温めていた名前は、路地裏に響いて・・・消えた。





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