「ここか?」
「えぇ・・・行きますよ。」
一時間後、待ち合わせ場所に戻ってきた僕らは同じ情報を入手して町の外れまでやってきた。
町外れの小さな家、表札は無くなっていて確認できないが、僕にこの場所を教えてくれたお婆さんの言う事が正しければここが荊藍(ケイラン)さんの実家・・・李家という事になる。
「すみません、何方かいらっしゃいませんか?」
扉を軽くノックしながら声を掛けるが、何の反応も無い。
「おかしいですね。出掛けてるんでしょうか?」
「オマエの声がちいせぇンじゃねェの?おーい!誰かいねェか?聞きたい事があんだよ!!」
側にいた僕の耳には煩すぎる程大きな声で悟浄が叫びながら扉を叩くと、庭の方から此方の様子を伺う人の姿が見受けられ、僕は今だ叫び続ける悟浄の首を無理矢理庭の方へ向けその声を止めた。
「うげっ!」
「静かに。すみません、失礼ですがこの家の方ですか?」
「・・・どちら様で?」
「僕の名前は猪八戒、こちらが沙悟浄。貴方達がお寺に預けた姿見についてちょっとお伺いしたい事があるんですが・・・」
僕の言葉を聞いて、様子を伺っていた人物はゆっくり僕らの方へ姿を現した。
「また・・・何かあったんですか?」
男性の後ろに隠れるように立っていた細身の女性が、おずおずと声を掛けてきた。
「なぁ荊藍ってオンナについて教えてくれよ。」
悟浄の口からでた『荊藍』と言う名前に反応したのか、その女性(ヒト)は目元を潤ませて袖口でそっと涙を拭い始めた。
おそらくこの人達が荊藍さんの・・・両親。
それから僕と悟浄は家の中に通されて、ご両親から荊藍さんの話を伺う事が出来た。
「荊藍は・・・しっかりした娘でした。明朗快活でどんな人ともすぐに仲良くなれて・・・そんなあの娘は私達の自慢の娘でした。」
「で、どーしてその自慢の娘があーなっちまったのよ?」
「悟浄、物事には段階って物があるんです。少し静かにしていてください。続きをお願いします。」
「・・・あの娘はしっかりした所がある反面、どこか抜けている所がありました。いつも最後の詰めが甘くて・・・小さな事を忘れてしまいがちだったんです。」
「そんなあの子をいつも助けてくれたのが・・・幼馴染の馮祁(ヒョウキ)です。」
馮祁・・・確か荊藍さんが言っていた指輪をくれたと言う人の名前ですね。
「幼馴染の馮祁はいつも笑顔で人当たりのいい優しい子でした。すごく気の利く子で、荊藍が走り出して見えなくなってしまう所をいつもカバーしてくれる。かと言って荊藍を甘やかす事もない・・・良く出来た子でした。」
「確か荊藍って婚約者がいたよな?それってもしかして・・・」
悟浄が出されたお茶を飲みながらご両親に言うと、父親が小さく頷いた。
「えぇ・・・馮祁は娘の・・・婿になるはずだった男です。」
「・・・あの子達はいつも言ってたんです。大きくなったら結婚しようね・・・と。この村は見ての通り小さな村ですから周囲の人間も皆それを楽しみにしていた矢先に・・・馮祁があんな事に・・・」
それだけ言うと母親は耐え切れなくなったのか声を殺して泣き始めた。
やがて母親が落ち着いたのを見計らって僕は姿身について尋ねてみた。
「あの姿見は此方のお家の物ですか?」
「えぇ、もとは私の祖母の花嫁道具の一つだったんですが荊藍が幼い頃から欲しがっていたので、婚約祝いにと譲り受けた物です。」
「失礼ですが、鏡に異変が起きた時・・・一番初めにそれを受けられたのは・・・」
「・・・私です。」
「え゛!?」
声を上げて驚く悟浄を尻目に、僕はやはりと思った。
何故そんな事を思ったのかは自分でもわからないんですが・・・。
「その時の様子をお伺いできますか?」
少し躊躇った表情を浮かべた母親は隣にいる旦那さんをチラリと見てから自分を落ち着かせるよう深呼吸をして静かに話し始めた。
「あの子が流行り病で死んで、埋葬したその日の夜でした。一人娘が死んでしまった悲しみから私はあの子の部屋であの子との思い出を振り返りながら遺品の整理をしていたんです。その時、祖母から婚約祝いに貰った姿見をどうしようかと何気なく視線を向けると、そこに・・・荊藍がいたんです。今となっては目の錯覚だったんでしょうけど、鏡に映った荊藍は生前見た事もないような悲しい顔をしていて・・・私にこう言ったんです。」
「荊藍さんは・・・何と?」
「『・・・指輪が無い。』そう言って鏡の中のあの子は自分の左手をギュッと握り締めて・・・泣いていたんです。私は泣いているあの子を抱きしめようと夢中で鏡に近づいて手を伸ばして・・・それから後の記憶は全くありません。目が覚めると私の両手は土で汚れていて、足は裸足で歩いたかのように傷だらけで・・・この人と見知らぬお坊さんが側にいました。」
母親の話を補足するかのように続いて父親が話し始めた。
「朝、私が目覚めると妻が何かを探すように家中の棚や押入れをひっくり返していて、初めは本当に何か探しているんだと思ったんですが、夜になっても翌日になってもその行動は止まらず声を掛けても返事すらない。食事も取らない妻の様子をさすがにおかしいと思った私は必死で妻に声を掛け意識を此方へ向けようとしたのですが、彼女は私の手を振り払ってついには庭へ下り地面を掘り始めたんです。その行動は翌日になると更に行動範囲を広げて外にまで出て行ってしまって・・・たまたまそこを通りがかったお坊さんに助けて頂いて妻は意識を取り戻しました。同時に姿見に封印の札も貼って下さり、決して鏡に姿を映さないようきつく言われました。」
「でも・・・事件は起こってしまった。」
「・・・はい。」
僕の言葉に父親は沈痛な面持ちで小さく頷いた。
「明るかったあの子には友人も多く、連日のように誰かが花を供えに来てくれました。私達夫婦は荊藍がこんなに愛されている事を何より嬉しく思い、礼を言いながらいつも荊藍の部屋に通していたんです。そしてある日、私達がちょっと目を離した隙に・・・花を供えに来てくれた方があの姿見を見てしまったんです。」
「それがオンナだった・・・と。」
「えぇ・・・気付いた時にはすでにその人の意識はなく、妻と同じように庭先を掘り起こしていました。」
「またボウズに祓ってもらったのか?」
悟浄が先を急がせるように質問をすると、夫婦は揃って首を横に振った。
「いいえ、違います。」
「その子は大体半日位すると意識を取り戻して・・・普通に家に帰りました。」
「成る程・・・それがこの村で「李家」を知らないと言い張る意味ですか・・・」
「はぁ?」
ようやく全てが繋がり、僕は一息ついた。
しかし隣の悟浄は今だ首を傾げている。
僕は苦笑しながら悟浄にこの先推測されるであろう事を話した。
「この村では荊藍さんを知らない人はいない・・・と言うくらい彼女は友人が多かった。そして皆に愛されていた荊藍さんを弔うべく、連日色々な人が花を供えに来た。勿論そんな彼女ですから同姓の友人は・・・多いでしょう?」
「あぁ!ナルホド・・・」
「友人の一人がそんな状態になっても騒ぎにはなりませんが、それが続くと・・・大変な騒ぎになる。そう言う事ですよね?」
「・・・仰るとおりです。荊藍の友人が花を供えに来る度にその異変は起こりました。姿見に何重に布をかけても、紐で縛っても・・・気がつくとそれが解かれていて、皆さん何かを探すように家中を歩き回っていたんです。」
「アンタ達止めなかったの?」
「二人がかりで止めようとしたんですが、女性とは思えない力で振り払われてしまって・・・」
「荊藍さんの思いの強さ・・・でしょうか。」
「その鏡を壊そうともしたんですがビクともせず、私達の手に負えなくなったのでお札を貼ってくださったお坊さんに相談したんです。そうした所・・・この先のお寺に預けるよう仰って、手配してくださったんです。」
「ま、大体の理由は分かった・・・ほんじゃ、本題に入るとしましょうか?」
悟浄のその言葉を合図に僕はご夫婦の顔をじっと見つめ、今日ここへ来た目的を口にした。
「荊藍さんが探している指輪に心当たりはありませんか?」
「え?」
「彼女は今も指輪を探しています。」
二人は驚いた顔をして僕の方を見た。
「指輪に関して何か知っていたら教えてください。」
「私達もあの日から探しているんですが・・・この家には何も・・・」
「それでも何かあるはずなんです。小さな事でもいい、教えてください!」
「おっおい、八戒!落ち着けって!!」
悟浄に肩を掴まれてハッと我に返る。
今・・・僕は一体何を・・・?
「・・・すみません、驚かせるような事をしてしまって。」
僕は素直に頭を下げて、二人を驚かせてしまった事を謝る。
体の力を抜くように大きく息を吸って吐き出すと、僕はちらりと母親の方へ視線を向けた。
「荊藍さんの姿を鏡の中に見た時、彼女は左手を握り締めたといいましたね?」
「え?・・・えぇ。」
「それは確かですか?」
「はい・・・そうだと思います。」
「女性、左手、指輪・・・このキーワードで思いつく事は少ないと思いますが、何かお心当たりはありませんか?」
ここは女性である彼女に聞くのが一番早い。
おそらく僕と同じ意見だと思うんですけど・・・。
やがて母親は自分の左手をじっと見つめ、薬指についている物の名をポツリと口にした。
「・・・結婚指輪?」
「荊藍さんは馮祁さんと指輪を交換したとか頂いたとか、そう言った事はありませんでしたか?」
そこまで僕が口にすると目の前の二人は顔を合わせほぼ同時に口を開いた。
「あの娘は婚約した時に一度馮祁君から指輪を貰っていました!」
「えぇ!少し古い感じの銀細工の指輪で中央に大きな緑色の石がついている物を貰ったと言う話を聞きました!」
「よっしゃ!ビンゴ!!」
「その指輪は今何処に?」
「それが・・・」
「・・・ナニ?何で黙るんだよ。」
喜びに立ち上がった悟浄が上から見下ろすように口を噤んでしまった二人を見る。
「その指輪を私達は荊藍に聞いただけで見ていないんです。ただ一度貰ったんですが、結婚式の日に馮祁君にはめてもらうんだと言って・・・その後どうなったのか私達にはサッパリ・・・」
「何だって!?」
ようやくたどり着いた真実は・・・思ったよりも残酷で・・・。
確信できたのはこの家に指輪は無い・・・という事実だけ。
垣間見えた光が、一瞬にして闇に飲み込まれていく。
前回に比べて・・・長いですね(笑)
今回ようやく明らかになった荊藍の過去と、婚約者である馮祁との関係。
ベタな話でスミマセン(TT_TT)風見の頭がどれだけ小さいかがバレますね(苦笑)
あっさり見つかるはずだった指輪はまだ見つかりません。
さて、手掛かりが見つかるはずだった場所では見つけられませんでした。
では指輪は一体何処にあるのでしょう?(予告か!?)