結局あの後、僕らは倒れたの体をベッドに寝かせ、夜が明けるまで仮眠を取るとすぐに昨日訪れた李家を訪問する準備を整えた。

「それじゃぁ悟空、宜しくお願いしますね。」

「うん、分かった!行ってらっしゃい!!」

を連れて行く訳にもいかなかったので、昨日と同じように悟空がの体を見ている事になった。
何故悟空が残る事になったのかと言うと、驚く事に悟空自身が「俺が残る」・・・そう言ったんです。

今の自分に出来る事・・・それは皆の足を引っ張らないようにする事。
だから自分はここに残って大人しくしている・・・と、悟空は言った。

「だからさ、早く指輪見つけて戻ってきてな?俺と一緒に待ってるからサ♪」

そう言って笑った悟空の笑みからは、今までに無い頼もしさが感じられた。










朝早く李家を訪ね、恐縮しながらも婚約者の馮祁(ヒョウキ)さんの実家の場所を聞きだした。
以前は近くに住んでいたという事だが、今はちょうど李家から更に南へジープを走らせる事10分程度の所に引っ越していた。早速ジープを降りると扉をノックした。

「朝早く申し訳ありません。お伺いしたい事があるんですが・・・」

しかし中からは何の応答も無い。

「・・・まだ休んでいらっしゃるんでしょうか?」

「まぁまだ9時だしナ。」

「いや・・・見ろ。」

三蔵が家の裏を指差すと、そこには広大な畑が広がっていた。
そしてその中を忙しそうに動く黒い影がいくつか見受けられる。

「ナルホド、農業ね。」

「感心してる場合じゃないですよ。すみませーん!」

僕が畑の人に向かって声を掛けると、一番近くにいた人物が立ち上がってこちらを振り向いた。

「あのーお伺いしたい事があるんですが、少々お時間頂けませんか?」

僕の声が良く聞こえないのか、その人は首を傾げている。

「だからオマエの声じゃ無理だって・・・
おーい!ちょっと話があんだよ!!

僕の変わりに声を掛けた悟浄の声を聞いて、その人影はゆっくりと此方へとやってきた。
それは頭から頭巾をかぶった初老の女性。

「ワリィな仕事中。」

「いえ・・・その、どちら様で?」

「僕は猪八戒、此方が沙悟浄・・・そしてこちらが・・・」

僕が三蔵の紹介をする前に、その女性は驚いたような声を上げた。

「まさかっ、三蔵法師様でいらっしゃいますか!!」

「そうだ。」

女性は慌てて頭巾を外すと深々と頭を下げた。

「このような格好ですみません!あのっどういったご用件でしょうか。」

三蔵のご威光はこんな所まで染み渡ってるんですね。
妙な所で感心しながら、その後三蔵と彼女のやり取りに耳を傾けた。

「時間が無いので手短に聞く。この家の息子、馮祁が婚約者に渡した指輪を探している。もしここにあるのであれば一時的に借りたい。」

本当に短いですね・・・理由も何も無しですか。

「・・・指輪?ですか?」

「そうだ。」

「・・・」

首をかしげて考え込んでしまった女性の態度に悟浄が苛立たしく声を掛けた。

「婚約した荊藍(ケイラン)に渡したろ?その指輪だよ!」

「それはあの子のお墓に入れたものでしょうか?」

「そうそう・・・って、え?」

「それはどう言う事ですか?」

「立ち話も何ですから・・・狭い所ですがよろしければ中へ・・・」

内容が内容なだけに、僕らは何も言わず彼女の後をついて家の中へ入って行った。





家に通され、恐らく一番綺麗に片付けられている部屋へ通された。
そこには大きな仏壇が置いてあり、その上に・・・恐らく荊藍さんの婚約者だった馮祁さんの写真が飾られている。
僕は家の人が席を立っている間に仏壇にそっと手を合わせた。

「・・・ソイツさ、な〜んとなく八戒に似てねェ?」

「そうですか?」

手を合わせていた僕の後ろから悟浄が仏壇に飾られている写真を手にとって僕と見比べた。
お亡くなりになった方と似ていると言われてもあまり嬉しい気持ちはしないんですけどね。

「笑った顔・・・?つーか雰囲気がオマエに似てる。」

「おい、あまりその辺の物に触るんじゃねぇ。」

「見てただけだろ?」

悟浄は文句を言いながらも手に取ったその写真を仏壇に戻し、軽く手を合わせた。
僕らが席に着いたと同時に先程の女性がお茶を持って戻ってきた。



その人は馮祁の母だと名乗り、先程僕らが尋ねた事をゆっくり話し始めた。

「指輪について・・・ですね?」

女性はまず一枚の写真を僕らの前に差し出した。
そこには大勢の人に囲まれて幸せそうに笑っている・・・二人の男女の姿。

「この写真はあの子達が婚約した時のものです。この時は村中総出でお祝いをしてくれて、あの子達も私達もとても幸せでした。それから3日後、馮祁が事故で死んでしまう前までは・・・」

ここまでは荊藍さんのご両親や三蔵がお坊さんたちに聞いた話と同じ。

「馮祁が死んでから一番ショックを受けたのは親である私達よりも荊藍だったんです。側で見ている方が辛くなるほど、荊藍はどんどん弱っていきました。やがて流行り病にかかり床に伏せったと言う事を聞いて、私達は結婚式に向けて作り直していた指輪を大急ぎで仕上げてもらい荊藍に届けたんです。これを見たら少しは元気になるかと思って・・・でも・・・」

女性は膝に置いていた手を小刻みに震わせながら、何かに耐えるように唇をかみ締めた後ゆっくり口を開いた。

「でも・・・
間に合わなかったんです。

1つ2つと彼女の目から涙がこぼれ、手の甲に落ちていく。

「・・・それでもあの子の為に息子が作ったものだから・・・李家のご両親に了解を取って荊藍の左手の薬指に指輪をはめて・・・一緒に埋葬してもらったんです。」

暫く部屋を沈黙が包み込んだ。
やがて彼女が落ち着いた頃を見計らって三蔵がある事を切り出した。

「つかぬ事を聞くが、その指輪はどんなものだ?」

「普通の銀色の指輪で・・・変わった所と言えば馮祁がデザインしたと言うだけですが。」

「・・・銀色の指輪?」

「なぁ、その写真とかねェか?」

「生憎出来てすぐ李家に持って行ってしまったので、私達の元には何も・・・」

「馮祁の分はどうした?」

三蔵の声を聞いて、彼女は何かに気付いたように仏壇の引き出しを開けて小さな箱を取り出した。

「馮祁の分は既に納骨が済んでいたのでここに置いていたんです。」

「開けても構いませんか?」

僕が尋ねると、彼女は小さく頷いた。
箱の色は生成りではなく真っ白で、箱の裏にも何もかかれていない。
そっとフタを開けて中のビロードのケースを取り出しフタを開けると・・・僕らは思わず息を呑んだ。



「・・・違う。」

そこに入っていたのは普通の結婚指輪。
銀色の細い指輪に細かい細工がされている。
大きな石が何処かにつくようにも見受けられない。
僕は落胆する表情を隠しつつ、お礼を言ってその指輪を返した。
ちょうどその時、縁側から誰か人の声が聞こえた。

「おや、お客さんかい?」

「まぁお母さん!大丈夫なんですか?外に出て!」

「今日は気分が良くってねぇ・・・それにあの子が指輪を取りに来る夢を見たんだよ。」

「お母さん・・・何度も言うけど、荊藍はもういないんですよ?」

「何言ってるんだい!わたしゃあの子と約束したんだ。馮祁と一緒になったら指輪をあげるってね・・・」

「その指輪はどこにあるんですか!!」

気付くと僕らはその老婆を取り囲んでいた。
ビックリして驚いた表情の老婆はやがて穏やかな笑みを僕らに向けると楽しそうに笑い始めた。

「おやおや、あの悪ガキ達がこんなに大きくなって・・・この調子なら荊藍が嫁に来る日も近いねぇ・・・」

「おいおいバアチャン、俺達は初対面だって!」

「誰が悪ガキだ。」

「あの失礼ですが・・・もしや、おばあさんは?」

嫌な汗が背中に流れていく・・・唯一指輪について知っていそうな人物を見つけたのに・・・。
後ろを振り返って指輪の箱を抱えた彼女の顔を見ると、少し困った顔をしながら頷いた。

「・・・はい、母は1ヶ月くらい前からボケ始めてしまったんです。」

「何ぃ!?」

「ふぉっふぉっふぉ・・・さぁ〜て荊藍が来るまでもう少し休んでいるかね。」

まるで近所の子供にするように僕らの頭を撫でてから、老人はゆっくりゆっくり歩きながら隣の家に向かって行った。
今のような状態では無理に聞きだそうとすれば、老人が訳も分からず混乱してしまうのは必死・・・かと言ってこのまま帰るわけにもいかない。

「どうすんだよ・・・3日目って明日の夜までだろ?」

「煩い、黙れ。」

二人の苛立ちも殆どピークに達している。
辿って行った紐の先が直前で切られてしまったようなものなのだから・・・。





僕は外に置いてあった靴をお借りして、先程老人が歩いて行った方向へ向かった。
すると縁側に座って膝に猫をのせた老婆は僕の姿を見つけると小さく手招きをした。

「こっちにおいで?」

僕は小さな開き戸を開けて老婆の前に立った。

「大きくなったねぇ、もう婆ちゃん手が届かないよ。」

「・・・」

僕はただにっこり笑って手を伸ばしている老人の手を握って隣に腰掛けた。
ふと視界の端に悟浄と三蔵の姿が見えて、僕は二人にこっちに来ないよう目配せをした。

「・・・荊藍はまだ来ないのかねぇ?あたしゃあんたと荊藍が一緒になるのを見るまで、爺さんの所にいけないんだけどねぇ・・・。」

驚いた事に老婆はどうやら僕と馮祁さんを間違えているらしい。
悟浄が言った事はあながち嘘ではなさそうですね。

「馮祁は荊藍が好きかい?」

突然僕の方をじっと見つめて問いかける老婆の目は、とてもボケているようには思えなくて・・・僕は口を開かず小さく頷いて先程度同じように微笑んだ。
老婆はそれを見ると満足そうに微笑んで、懐から一枚の写真を取り出した。

「これはね、爺さんから貰った指輪のたった一枚しかない写真だよ。ほらお前が小さい頃よく荊藍に話していたろう?お嫁さんになったらあげるって・・・」

僕の手に押し込むように渡された古ぼけた写真には、大きな緑色の石が印象的な銀色の指輪が映されていた。

「でもね婆ちゃんこの間、お坊さんに言われてね。その指輪をお寺に預けちまったんだよ。」

「え?」

「でも安心おし、荊藍がお前の所に来る前にはちゃ〜んと婆ちゃんがお寺から返してもらって来るからね?」

僕はなるべく先程と同じ笑顔で目の前の『お婆ちゃん』に訪ねた。

「その指輪は何処のお寺に預けたんですか?」

「お前も良く知ってる所さ。うちのお墓があるだろう?」

そこまで聞いて僕は先程から庭の片隅で話を聞いていた二人の方を見た。
三蔵が小さく頷くとすでに悟浄が家の方へ走っていく後姿が見えた。
僕は老婆の手に写真をそっと返すと礼を言った。

「どうもありがとう・・・『お婆ちゃん』」

そう言って三蔵達の元へ戻ろうと立ち上がった僕の手に何か紙のような物が触れた。
振り返ると先程返したはずの写真を一生懸命手の中に入れようと頑張っている老婆の姿見えた。

「持ってきな・・・必要なんだろ?」

その目はさっきまでの昔を懐かしむような所は見えず、何かを悟ったような強い力が秘められていた。
僕はその写真を受け取ると今度こそ本当に心からお礼を言った。

「どうもありがとうございます。お写真、お借りします。」

「あの子に・・・伝えとくれ。すぐに会いに行くから・・・と。」

その言葉を聞いて僕は苦笑してしまった。
知らない内に僕は馮祁さんの心を感じてしまったんでしょうか。

「それは無理な相談ですね。貴方はまだまだ元気でいなくてはいけませんから。」

「それこそ無理な相談だね。さ、行っとくれ。」

呼び込まれた時とは全く逆の、追い出すようなしぐさを見て僕は再度頭を下げてそのまま踵を返し二人の元へ戻った。





行き先は灯台元暗し・・・僕らが現在いる場所
李家が姿見を預けた場所・・・
そして現在、の体が眠っている・・・寺。





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どシリアスですね。こんな話、今度何時書けるんだろう(しみじみ)
そしておいしいお婆ちゃん登場!?←私がそう思ってるだけ(笑)
馮祁さんのお婆ちゃんで、残念ながらボケてしまっていますが時折元に戻ります。
八戒=馮祁と見ている婆ちゃんはボケてます。でもその後の婆ちゃんは普通です。
何だか悟浄が「寺かよ!」と、ツッコミを入れる姿が目に浮かびますが、指輪は結局お寺にあったんです。
ただ、お寺の・・・ど・こ・にあるかはまだ今の時点では不明です。
さて・・・彼らは無事指輪を見つける事が出来るのか!?