「此方にいらしたんですか。」

「・・・随分ボロボロね。」

満月が輝く夜、ちょうど月が頂点に来た頃・・・僕は姿見のある部屋で彼女を見つけた。

「それで?見つけたんでしょうね?」

僕を睨む目は強い光を秘めているけれど、その奥にはどこか不安が見え隠れしている。
まるで静かな泉に小さな波紋が絶え間なく起きているような・・・そんな感じがした。

「えぇ・・・見つけました。」

僕は手にしていた物を荊藍(ケイラン)さんの目の前に差し出して、それを覆っていたゆっくりと布を外していった。
やがて現れたのは生成り・・・ではなく、真っ白な箱。
見る間にの・・・荊藍さんの表情が変わっていく。

「何を探したの!違う!!違うじゃない!!」

「落ち着いて良く見てください。」

「何を見ろって言うの!!」

泣き出しそうな彼女の前で僕は白い箱のフタを外して、中に入っていたビロードのケースを一旦取り出した。

「底に入っている物が見えますか?」

「・・・・!!」

「これは確かに貴方の・・・貴女と馮祁(ヒョウキ)さんの名前で間違いないですね?」

箱の底には茶色く変色した一枚の紙切れが入っている。
そこには幼い子供の字で書かれた二人の名前と小さなハートのマークが書いてあった。

「ハートを・・・書いたのは、馮祁よ。」

今までとは明らかに違う、柔らかい声。
いつも聞いているの声のはずが、この時は別人のように感じられた。

「それじゃぁこちらもご確認下さい。」

僕はもう片方の手にあったビロードのケースを彼女へ差し出してにっこり笑った。

「馮祁さんから貴女への贈り物です。」

差し出された僕の手にゆっくり、ゆっくり伸ばされたその手は明らかに震えている。
彼女の中で色々な思いが交差しているのだろう。
僕は彼女が触れるまでケースを手の平に乗せたまま動かずにいた。

しかしあと少しと言う所で荊藍さんの手がケースから離れた。

「荊藍さん?」

「・・・それが・・・本物か・・・分からないわ。だから・・・貴方が・・・開けて。」

唇をかみ締めて視線を反らした彼女の姿は・・・何故かの姿ではなく、白い着物に身を包んだ少女の姿のように見えた。

「・・・分かりました。」

それだけ言うと僕は箱を落とさないよう小脇に抱え、ケースのフタをゆっくり開けて彼女の方へ向けた。

「これに間違いはありませんね?」







荊藍さんはギュッと目を閉じたまま僕の方へ体を向け、次にゆっくり目を開けると僕の手の中の指輪を見た。

「これ・・・これよ!!馮祁のお婆ちゃんがくれるって言ってた指輪!!」

ぱぁっと花が咲くように微笑んだの姿は、いつも僕らに見せてくれるの笑顔に少し似ていて・・・何故か僕の心まで温かくなっていく気がした。
荊藍さんは嬉しそうにその指輪を指にはめようとしたが、何かに気付いたように苦笑するとそのままケースにしまいフタを閉じた。

「つけないんですか?」

「だってこれは私の体じゃないもの。馮祁から貰った指輪はいくら中身が私でも他の女につけたくないのよ!」

「・・・そうですか。」

変わらぬ強気な態度だが、その言動は可愛らしいもので・・・思わず苦笑してしまった。
僕はケースの入っていた白い箱を荊藍さんに渡すと、とても大切そうに指輪の入ったケースを白い箱の中に入れて胸にギュッと抱きしめた。





月明かりを浴びて微笑む彼女の姿は、最初に会った時の冷たい印象は一切なく、ただ愛しい人からの想いを受けてとても綺麗に輝いて見えた。
ふと目が合った瞬間、彼女が僕の前に手を差し出した。

「どうもありがとう、八戒。貴方のおかげで指輪を見つける事が出来たわ。」

「僕一人の力ではありません。貴女のご両親や馮祁さんのご両親、そして馮祁さんのお婆さん・・・そしての力です。」

僕が彼女と握手をしながらそう告げると、少しだけ強く手を握られた。

「馮祁に似ている貴方の口から他の女の名前を聞くのが嫌だからもう行くわ♪あの子なら私がいなくなればもとに戻るはずだから・・・謝っておいてね?」

光に解ける様に目の前のの輪郭が薄れて別の女性の顔が浮かんでくる。
真っ直ぐな目をした、悟空と同い年位の小柄な少女。

「お気をつけて・・・」

「幽霊にそれって・・・ヘンよ?」

「そうですか?」

「そうやって惚ける所も馮祁と同じ・・・本当にどうもありがとう・・・」

僕が目を開けていられないほどの眩しい光が部屋中を包みこんだ。
しかしそれも一瞬の事で、後には部屋に差し込む淡い月明かりだけが残されていた。










「成仏・・・されたんですね。」

僕は先程まで荊藍さんが立っていた場所に視線を向ける。
そしてそこにいるであろう人物の名前を小さな声で呼んだ。

「・・・?」

しかし返事は無く、暗い部屋の中に響くのは僕がの名を呼ぶ声だけ。
慌てて辺りを見渡しても人の姿も気配も無い。

「そんな・・・馬鹿な!!!何処にいるんですか!?」

月明かりを頼りにもう一度隅々まで見渡すがやはり人影は見当たらない。
まさか荊藍さんが消滅した時にも巻き込まれてしまった?



それとも彼女の言った事は嘘だったのか・・・?



次々浮かんでくる悪い予感を振り払い、僕はもう一度の名前を呼んだ。
その時、部屋の片隅から何かの気配を感じて急いでそこへ向かった。

するとそこには鏡の中に映る僕と・・・真っ赤な目をしながら笑って手を振るがいた。
ただ、の姿は僕の隣には無い。
彼女の姿は今だ鏡の中・・・。





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これで終わると思ったでしょう?
私は終わらせるつもりだったんですが、何故か手がそうさせてくれませんでした(おいっ)
だって最後の最後はやっぱり全員揃いたいじゃないですか!!
と言う訳で4/25から初めさせて頂いた連載も次回がいよいよ最終回!
嬉しいような寂しいような・・・複雑な気持ちですが、どうぞお楽しみに!
最後まで・・・須らく見て頂きます。