「ねぇ三蔵、結局このお寺に何しに来たの?」
夜になってもう部屋に誰も来ないだろうという事で、あたしはモコモコ着込んでいた着物を脱いで少し身軽になった。
まぁ誰か来たらすぐに羽織れるよう着物はすぐ側に置いてあるんだけど、今はその上にジープが乗って気持ち良さそうに体を丸めている。
この質問に関しては三蔵が部屋に戻って来た時、最初に三蔵があたし達に話し始めたんだけどいつもの悟空の
『腹減った』コールが始まったものだから取り敢えず先に食事にした。
やっぱりと言うかお約束で、ここでの食事は精進料理。
お酒もお肉もない料理に悟空と悟浄はちょっと不満そうだったけど、皆で食べるご飯はあたしにとっては何よりのご馳走、とっても美味しく頂けた。
で、悟空のお腹の虫も静まり周りの僧達も休んだであろう今、ようやく三蔵がこの寺へ来た理由を話してくれた。
「先日、この寺へある一枚の姿見が納められたそうだ。」
「なぁ八戒、『すがたみ』ってナニ?」
「大きな鏡の事です。全身を映す鏡の事ですね。」
「ふ〜ん。」
悟空の素朴な質問に八戒がさり気なく答え、その間も三蔵は話し続ける。
「その姿見はとある民家にあった物で、ある日を境にその姿身に姿を映した女性の体にある異変が起きはじめたそうだ。」
「オンナだけなんて無粋な話・・・その鏡案外スケベなんじゃねぇの?」
「鏡に男とか女とかってあんの!?」
悟浄のさり気ない一言に悟空が反応した。
何でも興味のある年頃だから気になるんだろけど、そんな事言ったらまた悟浄がからかうに決まってるのに・・・。
案の定悟浄はにやりと口元を緩ませ、部屋の中にある小さな鏡を指差してはっきり言った。
「何?オマエわかんねェの?あの鏡はオンナだぜ?」
「「ええぇ―――!!」」
思わずあたしも声を上げてしまった。
ま、まさか・・・こっちの世界では鏡に男女の区別があるの!?
「見りゃ分かるだろ?あのラインにあの輝き・・・何処をどう見て・・・いてっ!!」
ゲシッ と言う音の後に ぼてっ と言う妙な音が聞こえてきたと思ったら、悟浄が三蔵に蹴られてベッドから落っこった。
あ、三蔵肩で息してるし眉間の皺・・・凄い。
「・・・お前等真面目に人の話聞く気あるのか?」
「「あるあるあるっ!!」」
手にハリセンを持ってこちらを振り向いた三蔵から隠れるように悟空とあたしは八戒の背中に思わず逃げ込む。
八戒は服の裾を掴んでいたあたしの手を安心させる様に握ると鬼のような形相の三蔵ににっこり微笑みかけた。
「僕は聞いてますよ、続きをどうぞ?三蔵。でもにはそんな物騒な物向けないで下さいね?」
「・・・ちっ。」
三蔵は手にしていたハリセンをベッドの上に放り投げて、ソファーの上に座り直すとタバコに火をつけ続きを話し始めた。
「姿身に姿を映した女は、突然妙な行動に出るようになった。家の中を無意味に荒らしたり、外に出て急に地面を掘り出したり・・・それはまるで何かを探しているような感じだったそうだ。初めは本人が何かを探しているんだろうと家人も思ったらしいが、声を掛けても名前を呼んでも行為を止めようとせず、ただ黙々と作業を続けたそうだ。勿論その間食事は取らない。さすがにおかしいと思った家人がたまたま通りすがった坊主にお払いを頼んで経を読んでもらった所、その女の意識は元に戻った。」
「女の人は大丈夫だったの?」
「3日ほどメシを食っていなかったから衰弱はしていたが、体に異常は見られなかった。ただ・・・」
「ただ?」
思わず身を乗り出して三蔵の話の続きを待つ。
タバコの煙を空中に向けて吐き出すと、三蔵は続きを話し始めた。
「ただその3日間の記憶はさっぱり抜け落ちてたそうだ。」
「記憶が・・・ない?」
「そうだ。その後一応坊主は簡単な除霊を行い、封印の札を鏡に貼ってその家を去ったんだが、翌日・・・また別の女が奇怪な行動に出るようになった。」
「つまり除霊は失敗した・・・そう言う訳ですか?」
八戒は両手を組んで三蔵の言わんとする事を先に言った。
「そうだ。もしくは力が足りなかった・・・と言う事になるな。その後他の坊主に頼んだり寺へ持ち込んだりと色々やったらしいが、奇怪な行動に出る人間が代わるだけで何の解決にもならなかったそうだ。」
「それで三蔵が呼ばれたの?」
「まぁそう言う事だ。」
「その鏡って高価なモンなのか?」
さっき三蔵に蹴られてベッドから落ちてから一言も声を発してなかった悟浄の声がすぐ側から聞こえた。
い、いつの間にあたしの隣に!?
「いや、特に値打ちのある品じゃないそうだ。」
「壊すとか考えなかったワケ?」
あぁなるほど。
害があるのは鏡だから、それを壊しちゃえば全て終わり・・・って事か。
「とっくにやったそうだ。」
「あ、そ。」
「家人が斧や石で割ろうとしたが、逆にそちらが壊れてしまい怪我をしたらしい。さっき俺も銃で試して見たがヒビ一つ入らなかった。」
「やったのかよ!」
「跳ね返らなかったの!?」
悟浄の突っ込みと、あたしの疑問は殆ど声が重なってたと思う。
三蔵は平然とした顔でタバコを灰皿(八戒持参の携帯用)に押し付けるとあっさり言った。
「俺には当たらん。」
「「そういう問題じゃないって・・・」」
再び悟浄と息のあったツッコミを披露しつつも八戒は真剣な表情で三蔵の方を見た。
「と言う事は三蔵の依頼は・・・その鏡の破壊ですか?」
「いや、除霊だ。」
除霊・・・文字の如く霊を排除する。
って事は何!?これってオバケ絡みの話なの!?
無意識のうちに体が強張る。まぁ三蔵達と一緒にいるからいずれ妖怪とかと出会ったりはするかも〜とか思ったけど、まさか・・・幽霊が出てくるとは思わなかった。
「チャン?顔色ワリィぜ?」
悟浄があたしの顔を覗きこむようにして頬に手を置いた。
何もないように笑って誤魔化すけどその声はどう誤魔化しても・・・震えてしまう。
「あははは・・・気、気のせい・・・だよ。」
「あー分かった!ってばオバケ嫌いなんだ!!」
枕を抱いて眠っているように思われた悟空が満面の笑みを浮かべあたしを指差した。
ガーン!図星。
「そうだよ!嫌いだもん!目に見えないものなんてぇ〜っ!」
いわゆる逆ギレ・・・あぁこんな怖がりだなんて皆に知られたくなかったのになぁ。
顔をあげたら皆呆れた顔してるんだろうな・・・と思ってたらいつもと同じように頭を撫でてくれる優しい手。
「大丈夫ですよ。と出会う前に三蔵が退治してくれますから。」
「・・・勝手に決めるな。」
「おや?それじゃぁ三蔵はが怯えている所を見たいと言うんですか?」
「うっわ〜三蔵チャンってば鬼畜。」
「てめぇに言われたくねぇ。」
「大丈夫だって!ちゃんと腹に布団掛けてればそんなの見えねぇから!」
「・・・悟空、それは雷様におへそを取られない様にって話ですよ?」
あたしの頭を撫でながら八戒は悟空の知識を修正し始めた。
「ええっ!嘘!?マジ!?」
「まぁ本当に取られるわけじゃないんですけど、小さい子供がお腹を冷やさないようにって言う事で作られた話という説もありますけどね。」
「へぇ〜・・・じゃぁ今日はどうやって寝ればいいんだ?」
しーん・・・思わず部屋の空気が冷たくなって重くなった。
その言葉は今禁句のような気がしたのは・・・あたしだけ?
そんな中、三蔵がソファーを立ち上がり懐から一枚の紙切れを取り出すと、この部屋の唯一の出入り口となっている扉の上の方へそれを貼り付けた。
「・・・これで今日は何も起きん。問題の鏡は早朝もう一度見に行く事になっている、とっとと寝ろ。」
「はぁぁ〜良かった。三蔵のお札が貼ってあるなら安心だね。」
心の底から安堵のため息をついた瞬間、頭にあった八戒の手が急に無くなり、その代わり誰かに腰を掴まれてそのまま後ろへとよろけてしまった。
「怖いんだったら一緒に寝てやろうか?」
「ご、悟浄・・・」
耳元で囁かれたら猫にマタタビ状態・・・思わず重力に導かれるまま首がカクンと頷きそうになったんだけど、その前に悟浄が本日二度目、ベッドから転げ落ちた。
「に何すんだよ!」
悟空が手にしていた枕を悟浄に向けて思い切り投げつけ、その反動で悟浄が床に落ちてしまったらしい。
「そんなに床がお好きなら今日はどうぞそちらでお休み下さい。、僕が隣で休みますから何かあったらすぐ声掛けてくださいね?」
何時の間にかあたしの隣のベッドに移動していた八戒・・・す、素早い。
元々この部屋のベッドは4つしかなくて、誰か一人がソファーで寝なきゃいけなかった。
さっきの行為のせいで悟浄はソファーで寝る事が決定したみたい。
ちょっと可哀想かも。
入り口から三蔵、悟空、八戒そしてカーテンで区切られた所にあたしの順でベッドに入り、ソファーで眠る事になった悟浄が壁のスイッチを切ると部屋は僅かな月の光だけで、ほぼ真っ暗になった。
三蔵の話を聞いた時、あたしは気をつけなくちゃいけなかった。
このお寺にいる女の人は・・・あたし一人だという事に。
でもここで寝たら現代に戻れると思っていたあたしはその事を全く考えていなかった。
ありきたり、お約束、良くある話・・・えーっと他何があるかな(笑)
私の頭ではこんなもので精一杯です!(言い切りかよ!)
もう大体先が読めたと思いますが、そこはご愛嬌って事で・・・黙っててください(苦笑)
それが大人への第一歩ですよ(爆笑)何処かで聞いたコトのある台詞・・・。
悟浄がコロコロベッドから落とされてます。
しかもヒロインにちょっかいを出した所為でソファーベッド決定!
それよりも何よりも・・・さり気なくヒロインを庇う三蔵様!
ほら、珍しく戸口のベッドに何も言わず行きましたよ?
恐らく何かあったら一番に動こうと言う事ではないかと思う・・・のですが。