「はぁぁぁ〜〜〜〜〜・・・」

ため息をつくと幸せが逃げるって良く自分で言ってたケド・・・

「この状況でため息つくなって方が無理でしょ。」

これでもかってほど丁寧に手当てされた足と、用意されたお布団に浴衣。
部屋は特に区切られた訳でもなく、衝立みたいな物で周りが囲まれていて風がぴゅーぴゅー入ってくる。
今は寒くないけど冬どうしてるんだろう。

「・・・取り敢えず着替えよう。」

先の事を考えてもいい考えなんて浮ばない。
寧ろどんどん悪い方向へ進んでしまいそうなので、取り敢えず今は服を着替える事にした。
普段は脱いだら椅子にかけたりベッドに放り投げたりしてるけど、ここにはそんな物はない。
浴衣に袖を通して、スーツは丁寧にたたんで皺にならないよう枕元に置いた。
今ではこのスーツとそのポケットに入っていた些細な物だけが、あたしがここの人間じゃなく別世界の人間だという事を示す物なんだから大切にしなきゃ。
手に取った携帯電話の電源を落としてスーツのポケットにしまう。
やる事が無くなって布団の上で膝を抱えて座っていると、自然と洩れる独り言。

「・・・嬉しい、だけじゃないよ。」

最初は友雅さんが側にいて素直に喜んだ。
あぁ、目の前に憧れの人がいて、喋って、名前を呼んでくれてる!
その状況に胸ときめかせたりしたけど、夜になって一人になると・・・一気に不安が押し寄せる。

「こんな状況であかねちゃんはどうしてたんだろう。」





ゲームの主人公・・・じゃなくて、今やあたしと同じ世界にいる神子。
友達とこの見知らぬ世界にやって来て龍神の神子として祭られ、何も分からないまま怨霊を退治して歩いている。
それを『外』から見ている分にはただのゲームだから何とでも言える。
でも実際に故郷を離れ、知らない世界で突然龍神の神子となり京を救ってくれ、な〜んて言われたら戸惑うよね。

現に神子に力を貸してくれと藤姫に言われたあたしは戸惑うばかり。
ゲームで得た知識は星を読む藤姫やこの世界を占う陰陽師よりも正確で、どの書物にも記されていない情報らしい。
確かにゲームは散々やったし、色々覚えてる事はあるけれど・・・未だにゲームの中にいるという事実が身体に馴染まない。
あたしは何かの役に立つのか、そして本当にあかねちゃんの手助けをしていればいつか向こうに・・・現代に、帰れるんだろうか。



「・・・はぁ〜〜〜っ」

考えれば考えるほど分からなくなって、気持ちが暗く沈んでいく。

「あたし、これからどうなるんだろう・・・」

「おい、大丈夫か?」

「え?」

不意に外から男の子の声が聞こえ顔をあげる。

「だ、誰?」

思わず着物の合わせ目を手で握りしめて尋ねる。
人影が映ってるけど、それだけじゃ誰だか分からない。



・・・友雅さんじゃないっていうのがはっきり分かるってのが情けないな。



暫くすると遠慮がちな声が聞こえてきた。

「地の青龍・・・」

「・・・天真くん?」

「はぁ?何でお前俺の名前知ってんだ?」

「あ゛」

ついついゲームのつもりで名前呼んじゃった!
藤姫があたしの事どんな風に説明してるか分からないけど、不用意に名前呼んじゃダメだったのかな!?

「なぁ・・・おい!

「はっはい!?」

ビクビクしながら天真くん・・・の呼び声に応える。

「・・・別に何もしやしねぇよ。良かったら少し話さないか?」

「話・・・」

「お前、俺達と同じなんだろ?」

そう言った時の天真くんの声が凄く優しくて、不安でいっぱいだったあたしの心を包んでくれた。

「一人でうじうじ考えてっと頭腐っちまうぜ?」

「・・・そ、そうだね。」

痛む足を庇いながら衝立を支えに立ち上がる。
そのまま外へ向かってゆっくり歩き、ひょこっと顔を出すと、天真くんがこっちを向いて片手をあげていた。

「よっ」

「こ、こんばんは。」

「へぇ・・・俺より年上だって聞いたけど、そうは見えないな。」

「良く年齢より若く見られます。」

「ははっ、でもあかねよりは年上に見えるから安心しろよ。」

楽しそうに笑う天真くんを見たら何だか急に安心した。
ゲームだと癒し系なのは詩紋くんかと思ったけど、天真くんも充分癒し系だ。
そんな馬鹿な事を考えているあたしをじろじろ見ながら、ふと天真くんの視線があたしの指先で止まった。

「なぁ、その指輪ってひょっとして・・・」

「あ、これ?うん、あたしが好きなお店の指輪。」

興味を持ってくれたのが嬉しくて、小指につけていたピンキーリングを得意気に見せる。

「お店で一目惚れしちゃってね、給料日前なのに買っちゃったんだ。」

「へぇ・・・ちょっと見せて貰ってもいいか?」

「あ、うん。どうぞ?」

天真くんってアクセサリーに興味あるって説明書とか攻略本に書いてあったっけ?
そんな事を思いながら手を差し出すと、天真くんは穴が開きそうなくらい指輪を真剣に見つめていた。
視線を一点に向けられているのが何だかくすぐったくて、さり気ない会話を試みる。

「好きなの?こういうの。」

「俺・・・というより、妹が持ってた指輪に似ててさ。」

「蘭の?」

当たり前のように口にした名前。
だけどそれを聞いた瞬間天真くんの表情が固まった。

「お前、何で!!」

「あのっあたしっっ・・・」

あああっまたやっちゃった。
不用意に自分の思った事口にすると何が起きるか分からないって思ってたのに、何で蘭の名前口にしちゃったかな!?
完全に動揺して、おろおろしているあたしの肩を天真くんが落ち着かせるようにポンポンと叩いた。

「・・・あー、脅かしてワリィ。それがお前の『力』ってヤツなんだよな?」

「・・・え?」

「俺達の事、色々知ってて怨霊についても知ってる。その知識をあかねに与えてくれる尊い方って藤姫に説明されてたのに、目の前で話す前に突っ込まれると案外焦るもんだな。」

はははっと笑う天真くんの顔はさっきまでと違ってちょっと緊張している。
そうだよね、誰だって自分が話す前に自分の事知ってる相手と喋るのは・・・あんまりいい感じしないもんね。
気付かれないよう小さく息を吐いて、天真くんにくるりと背を向けた。

「えっと・・・あたし、そろそろ寝る、ね。」

「眠れるのか?」



――― 眠れるわけ、ない。



でもこれ以上天真くんと話してて、また余計な事言って暗い顔させちゃうの嫌だもん。

「だって天真くんも寝ないといけないでしょう?」

「俺はお前の護衛だから、寝ねぇよ。」

「護衛!?」

聞きなれない言葉に思わず大声をあげ、慌ててその口を両手で塞ぐ。

「・・・あのなぁここの人間はジジババみたいに早寝早起きの習慣がついてんだよ。こんな時間にそんな大声出したら怒られっぞ?」

「ご、ごめんなさい。」

「ま、俺の説明が悪かったな。一応お前、あかねの手助けしてくれるんだろ?」

「う、うん。」

「って事は龍神の神子の関係者って事で、ここでは手厚く保護されるって事だ。で、突然の事態に戸惑ってるだろうから同じ境遇の俺と詩紋が今日はお前の護衛についたってワケ。」

「・・・」

「詩紋は今いねぇけど、後でこっち来るから・・・っておい!

「・・・え?」

天真くんどうしたんだろう、急におろおろして?

「あ〜っハンカチなんてモン持ってねぇし・・・」

「ハンカチいるの?」

「いや、いるっつーかなんつーか・・・」

「あたし持ってるよ?」

「そうじゃなくって・・・あーもーこれで我慢しろ!」

そう言うと天真くんが着ていた着物の袖であたしの顔を撫で始めた。

「なっなに!?」

「突然泣き出してんじゃねぇよ。」

「ほぇ?」

ごしごしと顔を擦られながら驚きの声を上げる。

「・・・不安だったんだよな。分かってた筈なのに、つい自分の事ばっか考えちまって・・・悪かったな。」

「そんな・・・あたし・・・」

「最初から一人で不安だったんだよな・・・気付いてやれなくて、ホント悪かった。」

天真くんの言葉が嬉しくて、だんだん胸が苦しくなってきた。
目の前が微かに揺らぎ始め、涙が溢れそうになっているのが分かる。
あぁ折角天真くんが涙を拭いてくれたのに、泣きやめないよ。

ちょっ、待てっ!俺マジで泣いてる女ってどうしていいか分かんねぇんだ!」

「ご、ごめ・・・」

だけど一度溢れた涙は中々止まらなくて、気付けば困惑した天真くんの前であたしは顔を覆って泣き出してしまった。

あ〜〜・・・

天真くん、困ってる・・・泣き止まなきゃ。
そう思って手の甲で顔を拭っていると、背後から少し高い男の子の声が聞こえた。

「どうしたの?天真先輩。」

「詩紋!交代しろ!」

「え?」

「じゃぁな!また来る!!」

「て、天真先輩!?」

バタバタと遠ざかる足音。
誰もいなくなってしまったのかと思って顔をあげると、目の前にいたのは金色の髪の男の子。

「・・・詩紋、くん。」

「どうしたの?苦しいの?」

心配そうな顔をして綺麗なハンカチを差し出してくれた。
月明かりに輝く金髪と、綺麗な青い目をじっと見ながら差し出されたハンカチを受け取る。

「何か飲む?」

「だい・・・じょう、ぶ。」

「天真先輩が驚かせちゃった?」

「ううん、側にいて話してくれてただけ。ただその後・・・」



――― 寂しくなって泣き出しちゃっただけ、なんて言えなかった。



優しい詩紋くんにそんな事言ったら余計心配かけちゃうって分かってるから。
言葉を飲み込んで俯いたあたしの頭にそっと手が乗せられた。

「・・・突然の事でびっくりしたと思うけど、ボクらがあなたの側にいますから。」

「詩紋くん・・・」

「ボクも最初ここに来た日の夜は泣いちゃったんです。見知らぬ世界で、鬼って呼ばれて・・・冷たい視線の中、どうすればいいのか分からなくて・・・」

「・・・」

「でもここに来て、毎日過ごす内に分かったんです。時代が違っても、ちゃんと話をすれば気持ちは通じるって。」

詩紋くんは容姿の所為で元の世界で苛められていた。
そしてこの世界に来てからも、やっぱり容姿の所為で鬼に間違われて避けられていた。
でも、それを乗り越えたんだね。

「あ、そうだ。あかねちゃんからこれ、預かってきたんだ!」

そう言うと詩紋くんが小さな袋をあたしの前に差し出した。

「あかねちゃんがね、今度一緒にお散歩しましょうって。」

「・・・あかねちゃんが?」

「うん。こっちの世界では先輩だから不安な事があればなんでも聞いてって言ってたよ。」

にっこり微笑みながらそう言う詩紋くんを見ていると、不思議と不安がなくなっていく感じがした。
詩紋くんが貸してくれたハンカチでそっと目元を押さえてから、差し出された袋を受け取る。
袋かと思っていたものは綺麗な和紙の紙で、それを破らないようゆっくり開けると中には小さな砂糖菓子が入っていた。

「・・・お菓子?」

「うん。ボク、お茶持ってくるから、それを食べて・・・休んで下さい。」

「え?」

「甘い物食べると落ち着いて眠れるよ?」



――― なるほど、そういう事か。



あたしは貰ったお菓子をひとつ手に取ると、口の中に放り込んだ。
和三盆のような控えめな甘さが口中に広がり、いつしか心の中に芽吹いていた不安の種は消え去り、代わりに明日から過ごすこの京への期待が胸に広がり始める。

「・・・美味しい。」

「良かった!じゃぁボク、お茶貰ってくるね。」

「ありがとう・・・詩紋くん。」

初めてまっすぐ詩紋くんの顔を見て微笑む。
すると詩紋くんが頬を緩めて、笑ってくれた。

「喜んで貰えてきっとあかねちゃんも喜んでると思います。じゃぁ待っててね!」

そう言うと詩紋くんは早足で角を曲がりどこかへ姿を消してしまった。
空を見上げると大きな丸い月に雲が僅かにかかってる。

「なるように、なれ・・・って感じかな。」

泣こうがわめこうが、ここが今現在、あたしが存在している場所。
元の世界に帰るヒントは神子の・・・あかねちゃんの手伝いをして、この京にはびこる怨霊を全て退治すること。

「リアルゲームってヤツだよね。」

もう1つお菓子を口に入れると、さすがに口中が甘くなってしまった。

「・・・はぁ、お茶飲みたい。」

ポツリと呟きながらふと思い出した。

「あたしって二人に名前、教えるの忘れた。」



――― ゲームのヒロイン失格じゃん。



取り敢えず、次に二人に会ったらまずちゃんと自己紹介しよう。
それから、お礼・・・言わなきゃね。

最初にこうして話出来たのが二人で嬉しかった。
どうもありがとう・・・ってね。





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前もって言っとくの忘れました。
・・・この話、名前が出ません(キッパリ)
名前が出てないなぁと気づいたのは、まさにこの話を書いている時(笑)
あっはー、まったく一番ヒロイン失格なのは私ですね・・・(苦笑)
取り敢えず現代組の天真と詩紋とお話しました。
天真が女の涙に弱い・・・とは思いませんが(妹いるから逆に慣れてるかな、と)まぁ相手が年上なら多少は動揺させられる・・・かな、と(汗)
今更ながら無理があるな、と思ったり思わなかったり(苦笑)
こんな感じで、半ば強引に進む話ですが・・・最後までお付き合い下さると嬉しいですっ!!