「ん〜・・・良く寝た。」
大きく伸びをしながら部屋を見渡すと柔らかな日差しが部屋の中に差し込んでいる事に気付いた。
「・・・一体どれくらい寝てたんだ?」
旅行に来て一人寝過ごしておいて行かれた気分になり、慌てて浴衣を脱いでスーツに着替えるとカーテンのように置かれている布を手でよけて周囲を見渡した。
「誰も、いない?」
太陽が昇っている高さを見ると、多分恐らく昼前、だとは思う。
携帯の電源は何かあった時の為に落としてあるし、携帯の時刻とこっちの時刻が合ってるとは思えない。
一度部屋の中に戻って、取り敢えずそのままにしていた布団・・・のような物を丁寧に整えてその場に腰を下ろす。
「どうすればいいんだろう?」
勝手に部屋を出ていいもんだろうか?
それとも誰か来るまで大人しくしていた方がいいんだろうか?
腕を組んで悩んでいる所に、ドタバタという大きな足音が近づいてくるのに気付いき、布に囲まれた寝所のような場所から出る。
「おい!起きてるか?」
「あ、はい!起きてます。」
「入るぞ?」
そう言って部屋に入ってきたのは真っ赤な髪の元気な少年。
「・・・」
危うく名前を言いそうになってそれを飲み込む。
相手が名乗ってから名前を呼ぶ方が驚かせないって昨日ちゃんと学んだもん。
だけど相手はじーっとあたしの顔を見たまま何かを待っているように何も言わない。
鳥の鳴き声が静かな部屋に響くだけで、それ以外何の音もない。
やがて沈黙に耐えられなくなったあたしは、小さな声で相手の・・・名を呼んだ。
「・・・イノリ、くん?」
「何だよ、オレの名前知ってるならとっとと言えよ。」
「ほぇ?」
「他のヤツラの事だけ知っててオレの事知らないのかと思って一瞬焦ったじゃん!」
いや、その、それはあたしが何でも知ってる人だと怪しまれるかと思って名前を口にしなかっただけなんだけど。
「な、お前、その知恵であかねを助けてくれるんだろ?」
「え?」
「藤姫から今朝説明された。お前はあかねに力を貸してくれる人間だって。」
・・・今朝説明されたって事は、あたし確実に寝過ごしたって事か。
内心冷や汗をたらしているあたしを無視して、イノリくんは何だか興奮したように話を進めている。
「お前がいれば鬼なんてイチコロだぜ!」
「あ、はははは・・・」
・・・あたしが知ってるのはゲームの知識だけだよ、イノリくん。
そんな事言ったって通じないだろうから、取り敢えず笑う事にした。
「あ、そうだ。お前その様子じゃ朝飯食ってないだろ?オレもまだだから、一緒に食おうぜ。」
そう言ってイノリくんが取り出したのは竹の皮に包まれた・・・
「おにぎり!?」
「おに・・・ぎり?」
あたしの言葉にイノリくんは不思議そうに首を傾げた。
あれ?もしかして平安時代っておにぎりって・・・言うわけないか。
自分の歴史の知恵の浅さに思わず苦笑してしまった。
「お前の時代ってこれをそんな風に言うのか?」
「うん。」
「へぇ〜・・・同じような食い物、お前の時代にもあるんだな。これは屯食って言って、強飯に塩つけて握った物なんだ。」
イノリくんの言葉が、まるで英語のように聞こえる。
「へ、へぇ〜・・・」
「ってお前分かってないだろ。」
「・・・ごめん。」
イノリくんより年上のはずなのに、自分が物凄く幼く感じるのは何故だろう。
「安心しろよ。あかねに説明した時も今のお前みたいにボーっと聞いてた。」
「あかねちゃんも?」
「あぁ、何言ってるかわかんねぇって顔しながら食ってたぜ。」
・・・そっか、あかねちゃんも同じだったんだ。
「ねぇちゃんが作った屯食は京で一番美味いぜ!遠慮せず食えよ。」
自慢げに差し出されたおにぎり・・・じゃなくて屯食に手を伸ばす
「い、いただきます。」
「あぁ。」
大きな口を開けて屯食を食べるイノリくんを見ながら、自分も普段より少し控えめに口を開けてイノリくんのお姉さんが作った、という屯食を食べた。
少し固めのご飯だけど、程よい塩加減と硬さで口の中で米粒がほろりと崩れる。
「・・・美味しい!」
「だろ?」
「ただの塩おにぎりなのに何でこんな美味しいの?」
「そりゃねぇちゃんが作ったからに決まってんだろ。」
「あぁなるほど!」
愛情が込めてあるからこんなに美味しいんだ。
そう納得して頷きながらもぐもぐと馴染みあるおにぎりを食べる。
「あははははっ何かお前、あかねよりガキみたいだな!」
「はぁ!?」
「なんかねずみみたいだ!」
「ね、ねずみ!?」
あかねちゃんより年下に見られた上にねずみだ!?
さすがにそれにはカチンときて、びしっとイノリくんを指差す。
「ちょっと待った!おにぎりをくれた事はお礼を言うけど、ねずみってなに!」
「あぁ?だから、ねずみみたいに頬膨らましてメシ食ってるって意味じゃん。」
「年上のお姉さまにその言い方はないでしょう!」
「・・・う゛っ」
この時代、相手が目上っていうのは結構効くんだ。
「訂正して!」
「な、何をだよ。」
「ねずみ!」
「だーかーら、それは物の例えだって言ってんだろ!」
「・・・あの・・・」
「いくら何でもねずみみたいに食べてないもん!」
「頬膨らんでるのが似てるって言ってんだろ!」
「すみません・・・」
「でもねずみってのは酷いよ!」
「あの・・・」
「だったらもっと年上らしく食えよ!」
「どうやって!!」
「お二人とも・・・」
「「何!!」」
イノリくんとほぼ同時に声をかけられた方を振り向けば、そこにいたのは可愛い女の子・・・じゃなくって法衣を着た男の子。
「も、申し訳ありません。何度もお声をかけたのですが、お二人ともお話に集中されていて・・・」
「なんだ、永泉じゃん。」
「お時間がある時に改めてお邪魔致しますので・・・」
「いいよ。オレこの後、お師匠の所に行かなきゃなんねぇからあと任せた。」
そう言って3つあったおにぎりのひとつを掴んで立ち上がったイノリくんがそのまま部屋を出て行こうとしたので慌てて声をかける。
こんな変な形のまま別れちゃうのはなんか嫌だ。
「あ、あの・・・イノリくん、屯食ありがとう!」
「オレも悪かった。今度はお前の話も聞かせろよ!残りはお前にやる!」
「ありがとう、お仕事頑張ってね。」
「あぁじゃぁな!」
ひらひらと手だけを振りながら、とんがり頭の影は部屋から離れていった。
残されたのは永泉さんと屯食、とあたし。
ヤバイ・・・物凄く気まずい雰囲気だ。
何か声をかけようにも永泉さんが俯いちゃってるからその表情が読めない。
明るい話題をふっても上手く話を繋げる自信もないし・・・何話そう。
う〜んう〜ん・・・と声に出せず悩んでいると、やがて永泉さんの遠慮がちな声が静かな部屋に響いた。
「あ、あの・・・宜しければ笛を、お聞かせしようと思うのですが・・・」
「笛?」
「はい。少しでも貴女の気が休まれば、と思いまして・・・」
顔を真っ赤に染めながらそう呟く永泉さんは・・・女のあたしから見ても可愛かった。
男の子にその言葉は褒め言葉だとは思わないけど、永泉さんには合ってると思う。
じーっと永泉さんの様子を観察していたあたしの沈黙をどうとったのか分からないけど、永泉さんは沈痛な面持ちで更に頭を垂れ始めた。
「すみません、私のような者の笛の音で貴女のお心が慰められるなど思い上がっておりました。」
「そ、そんな事ないです!凄く聞きたいです!」
永泉さんがあまりに沈んでしまったので反射的に聞きたい!と言ってしまったけど、あたしの手にはおにぎりが握られたまま。
失礼な事言っちゃった・・・と思ったけど、予想に反して顔を上げた永泉さんの表情はさっきと違って喜びに溢れていた。
「本当ですか?」
「はい!!あ、でもおにぎ・・・じゃなくて、屯食食べてからでもいいですか?」
「すみません、お食事の最中に・・・」
「こんな状態でお願いしちゃったあたしの方が悪いんです・・・あの、少しだけ待っていて貰っていいですか?」
「はい。」
穏やかな笑みを浮かべて頷いた永泉さんを前に、あたしは持っていたおにぎりを口に運ぶ。
あたしが食べ終わるのを見計らって一度部屋から出て行った永泉さんが白湯を持ってきてくれた。
それを飲んで落ち着くと、永泉さんが笛を奏でてくれた。
ゲームの中で聞くのと、こうして目の前で聞くのじゃ全然音が違う。
確かにこれは・・・癒しの音楽だ。
それに普段は引っ込み思案、というか後ろ向きに見える永泉さんが凄く凛々しく見える。
そのまま女房が永泉さんを呼びにくるまで、あたしは笛の音に耳を傾けていた。
途中何度か眠くなって意識が飛びそうになった・・・と言うのは、内緒の話。
はい、今回はイノリと永泉の登場です★
予想以上にイノリが書きやすくて楽でした(笑)
ポンポン言い合える仲ってのはいいですねぇ〜♪
一生懸命おにぎりの作り方?(言い方?)を調べたのを今でも覚えています。
取り敢えずおにぎりの存在があったので良かったなぁと(笑)
イノリのお姉ちゃんが作ったお弁当は絶対美味しいと思うんだよね・・・食べたいな(人の作った物に飢えている(笑))
でもって永泉と言えば、笛!
ポンポン言い合ってる中に入ってきて、それに萎縮してしまう彼がちょっと可愛くて好きです(笑)
さ〜て、次は誰だろうねぇ・・・って言うか、続くのか!?←続けようよ(苦笑)