部屋に居ても何をしていいのか分からず壁に寄りかかって天井を眺めていると、静かな足音が近づいてくるのに気付いた。
また女房の誰かが通り過ぎるのかと思ったけど、衣が床をすべる音が聞こえない事から男の人だというのが分かった。
「誰にご用事なんだろ・・・」
でも自分には関係ないや、と思って再び天井に目を向ける。
「何か面白いものでもありましたか?」
「いえ、大した事じゃないんですけど、板が何枚あるかなぁと思って・・・」
・・・ん?あたし、誰の言葉に反応してるんだ?
「実際私も数えた事はありませんが、身近な事こそ良く知っておきたいものですね。」
返事が返ってきた事に驚いて声のする方を振り向くと、そこにいたのは・・・鷹通さんだった。
「たっ、鷹通さん!?」
「仕事が立て込んでおりまして、このようにご挨拶が遅くなってしまい大変申し訳ありません。」
そう言って頭を下げられれば、あたしもつられて頭を下げてしまう。
「お忙しい中ありがとうございます。」
思ったままを伝えただけなんだけど鷹通さんはちょっと驚いた顔をして、次には柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「やはり神子殿と違って落ち着かれているようですね。」
「・・・表面上だけだと思いますけど?」
「いいえ。こんな状況に陥りながらも人に対して礼を尽くせる方というのは、そういるものではありません。」
「そうかなぁ。」
「きっとご両親の教育の賜物でしょうね。」
確かに小さい頃、何があっても挨拶だけはちゃんとしろって言われてたっけな。
――― 鷹通さんに好印象を与えるきっかけをありがとう!
と、心の中で両親に礼を言いながら、ふと鷹通さんの横にあった入れ物を指差した。
「あの、ところでそれはなんですか?さっきまでは無かったと思うんですけど・・・」
「こちらは藤姫から預かった品で、貴女に届けるよう頼まれたのです。」
「藤姫が?」
「えぇ、どうぞ手にとってご覧下さい。」
目の前に綺麗な絵の描かれた箱を差し出されて、一瞬動きを止める。
「・・・壊れ物、じゃありませんよね?」
「多少の事では壊れたりしませんよ。」
それでも藤姫から預かった品という事で若干緊張しながらも、そっと手を伸ばす。
へぇ、箱の周りに絵が描かれてる。
このお屋敷の中みたいな感じだなぁ・・・あぁ、そうか!よく教科書に載ってる平安時代の絵みたいなんだ。
中に何入ってんだろう?
だんだん興味がわいてきて、上蓋が開くのに気づいたあたしは躊躇う事なくそれを開けた。
「うわぁっ・・・貝殻だ。」
海岸に落ちているような小さな貝じゃない。
蛤みたいだけど、こんなに綺麗で大きな蛤見た事ないなぁ・・・何の貝だろう。
チラリと鷹通さんの様子を伺えば、穏やかな笑みを浮かべあたしの様子を眺めている。
折角だから聞いてみようかな。
聞くは一時の恥じ、聞かぬは一生の恥って言うもんね。
「あの、鷹通さん。」
「はい。」
「聞いてもいいですか?」
「えぇ、何なりと。」
「この貝って蛤ですか?」
「えぇ、その通りです。ご存知でしたか?」
「いいえ、ただこの形の貝であたしが知ってるのってそれぐらいだから・・・えっと触ってもいいですか?」
「勿論です。」
一応鷹通さんに許可を得てから貝を一枚手に取ると、内側に綺麗な花の絵が描かれていた。
「うわぁ・・・」
「藤姫がお父上から頂いた物で、よく神子殿とこれで貝覆を楽しんでおられるようですよ。」
「かいおおい?」
「はい。」
「・・・その『かいおおい』って何ですか?」
ここまで知らない事ばかりだったら聞かないよりは全部聞いちゃった方がスッキリしそう。
素直に尋ねれば鷹通さんは嫌な顔ひとつせず、逆に嬉しそうにあたしの質問に答えてくれた。
「通常この貝は貝合に用いられるのですが、殻に描かれている絵を使って絵合わせを楽しむ事も出来るのです。二枚貝である蛤の殻は他の殻と重なり合う事がありません。ですから、その特性を生かして同じ貝の殻には同じ絵や和歌を書き込んであるんです。絵が描かれている方を伏せて並べ、貝桶の中から貝を取り出して殻が合えば取っていく・・・これが貝覆です。」
「へぇー・・・」
「ですが神子殿と藤姫が遊ばれる際には全ての貝を床に並べ、交互に二枚ずつめくりながら絵合わせをするように楽しまれているようですね。」
実際に貝を数枚取り出して絵の描かれている部分を下にしてから一枚ずつめくって見せてくれる姿を見て、ふとある事を思い出した。
「あぁ、神経衰弱!」
「神経・・・衰弱?」
思わず口に出した言葉を鷹通さんが不思議そうに繰り返したので、慌てて口を塞ぐ。
「それは一体どういう意味ですか?」
・・・逆に質問されちゃったよ。
「えーっと、あたしとあかねちゃんの世界の遊びの一種で、やり方は今鷹通さんがやって見せてくれたのと同じで・・・ただ使うのが貝じゃなく、カードというだけです。」
「かぁど?」
しまった、カードも通じないや。
・・・今更ながら日常生活に外来語が多く含まれている事に気づいた。
「え〜っと・・・絵の代わりに数字や模様が入ったこれくらいの大きさの札を使うんです。」
「成る程・・・神子殿の世界にも似たような遊戯があるのですね。」
満足げに頷く鷹通さん・・・よ、良かった一応ちゃんと説明できたんだ。
その後、藤姫付の女房が鷹通さんに声をかけに来るまで、貝に描かれている絵を鷹通さんの説明付で楽しんでいた。
「また何か分からない事があれば、ご相談下さい。」
「はい!」
部屋を出て行く鷹通さんを見送って、貝桶に残っている貝に手を伸ばして・・・ふと思い出した。
「・・・だ〜から、あたしってばいつになったら自分の名前を皆に言えるの!?」
――― 気づくの遅すぎだ、自分
だんだん息切れしてきている、と言うか無理が出てきてるんじゃないかと思い始めてますが・・・皆様、無事着いてきてくれてます?(汗)
お待たせしました、鷹通さんの登場です!!
貝合をネタに使おうと思ったのは八葉抄が出る前だったんですが、八葉抄が出て白虎の2人をクリアして愕然としました。
「やばっっ!ネタ使われたっ!!(笑)」
しかもよりによって白虎の2人が貝合やるなんて・・・くすん。
とは言え、鷹通さんには絶対これを使いたかったので初志貫徹しました。
貝合って何?どんなの?と思った人は、八葉抄をやりましょう。
更に、白虎の2人をクリアすれば貝合がどんな物か大体見る事が出来ます(笑)
さて、残りあと1人・・・頼久です。
次で終わるはずが終わらなそうな気がして怖いのはナイショです(苦笑)